限定モデルはそれだけでひとつのカテゴリーだ。通常モデルとは一線を画し、ブランドの中の位置付けも特別。スペシャルな存在であり、身につける人も特別な存在にしてくれる。そして、どのメーカーもこういう特別なモデルを限定数しか生産しないため、投資対象としても魅力的な場合が多い。
なによりもまず、限定モデルというのは単なるプロダクトではない。限定版は必ずその時計だけの特別なストーリーを持っているのだ。そもそも時計以外にも情熱を傾ける対象を持つ趣味人の時計ファンは、芸術や文化にインスパイアされた逸品に魅了されることが多い。時計とその背後にある抽象的なインスピレーションという2つの趣味の世界を同時に身に着けることができるのだから、これほど素晴らしいことはない。
スペシャルエディションか、リミテッドエディションか
限定モデルとの関連で「スペシャルエディション」という言葉を聞いたことがあるだろう。発売数を限定するのではなく、特定の市場や限られた期間にのみ生産される製品のことだ。例えば、セイコー プロスペックス USコレクションやタグ ホイヤー カレラ グリーンがこれにあたる。
しかし、本稿ではリミテッドエディションの方に焦点をあてたい。スペシャルエディションより希少価値が高くニーズも高いからだ。これからご一緒に素晴らしい限定モデルを巡る旅に出かければ、それを実感していただけるだろう。
インスピレーションはタトゥーから。ウブロ ビッグバン サンブルー II ブラックマジック
250本限定
ウブロは時計職人の技が生み出すマスターピースの代名詞だ。そして、ウブロは開拓者あるいは挑発の代名詞でもある。そのため、古典的なブランドが踏み込まないような領域からインスピレーションを得ることも珍しくない。その最たるものが、スイスのタトゥーアーティストでグラフィックデザイナーのマキシム・プレシア・ビューチとのコラボレーションだ。サン・ブルー(青い血)は彼のタトゥースタジオとライフスタイル誌の名前であり、彼がデザインした時計ウブロ ビッグバン サンブルー・コレクションの名前でもある。これは時計というよりは、むしろ時計の形をした彫刻だ。文字盤には独特の立体感があり、時・分・秒の3つのプレートが回転している。プレートが動くことで、時とともに幾何学的な形状が変化する。小さな矢印も時刻を表示しているが、それはあまり重要ではない。
ウブロは時間の表示を瑣末なことにしてしまう技に長けており、2006年に発表されたオールブラック・ラインではさらなる革命を起こしている。時刻を読み取ることができない真っ黒な時計だ。そして現行のウブロ サングブルー II ブラックマジックに受け継がれた。革命が生み出した子孫のようなモデルと見ることができるだろう。同時にこのデザインは広範囲を黒く塗りつぶすブラックアウトタトゥーを彷彿とさせる。このように「他と違う」ことは時計の世界でもタトゥーの世界でも怖いものだが、強烈な表現でもある。
インスピレーションはデザインから。オーデマ ピゲ ロイヤルオーク キャロリーナ ブッチ
300本限定
時計ブランドとデザイナーのコラボレーションは一見ありきたりに思える。しかし、オーデマ ピゲとジュエリーデザイナー、キャロリーナ・ブッチの場合はコラボレーションによって双方がどれほど成長できるものかを見せてくれている。最初のコラボはオーデマ ピゲ ロイヤルオークのレディースモデルが40周年を迎えた2016年だった。この時ブッチは記念の時計に自身のジュエリーのシグネチャーのひとつである「フロステッドゴールド」仕上げを施した。先端にダイヤモンドを取り付けた専用工具を使って金に小さなくぼみをつけ、それがダイヤモンドダストのような輝きを放つ手法だ。その後も様々なコンプリケーションを搭載したロイヤルオークのバリエーションが「フロステッドゴールド」ラインに登場した。その中には典型的なタペストリー模様がなく、鏡面ダイヤルのモデルもある。
キャロリーナ・ブッチはロイヤルオークの50周年にも特別なデザインを考案し、この時は「フロステッドゴールド」ではなくブラックセラミックを採用した。新たに開発されたアイコニックなタペストリー模様の文字盤は本当に素晴らしいデザインだ。オーデマ ピゲ ロイヤル オーク by キャロリーナ・ブッチで初めて、黒い文字盤上にレリーフ模様として実装した。ブッチはここでもミラー加工による反射を利用している。今回は光の入る具合によってタペストリー模様が虹色にきらめく様を表現した。職人の手による芸術的な技の賜物であり、同じ文字盤はふたつとない。この限定版では300本それぞれがすべて一点物だ。オーデマ ピゲとキャロリーナ・ブッチがともにそれまでの既定路線を離れたことで、非凡で特別な作品を生み出すことができた。このような勇気と急進性も稀だが、それがさらに記念のエディションとして成功することもまた稀だ。ロイヤルオークのエレガンスはそのままに、現代にふさわしい革新的でスタイリッシュなモデルに生まれ変わったのである。
インスピレーションは自然から。グランドセイコー ヘリテージ コレクション SBGW289
1200本限定
私たち人間は多くの芸術作品を生み出してきたが、自然は比類なき美とインスピレーションの源だ。グランドセイコーもこのことに着目し、インスパイアされたモデルを数多く発表している。アイコニックな44GSの誕生55周年を記念して発売された限定モデル、グランドセイコー ヘリテージコレクション SBGW289もそのひとつだ。このモデルは満開の桜に雪が積もる春の情景「桜隠し」を表現している。太陽の光が当たると、花の薄い桜色と氷の結晶の輝きがまるで魔法のような美しさを見せてくれる。人はその美しさの中にはかなさ、無常の美学を感じるのだ。
ヘリテージ コレクション SBGW289は他の時計にはない光の演出で魅了する。ケースからインデックスに至るまで、どんなに小さなディテールもすべてが光を反射するように設計されている。見る角度によって変化する光と影の演出が素晴らしい。技術的なクオリティーはいつも通り非の打ちどころがないのだが、今回ばかりはその事実すらも二の次に思える。次の瞬間には消えてなくなる絶対的な美しさとはかなさを捉えることが何より重要で、それは他のどんなテーマより時計に合っていると思うのだ。
インスピレーションはクラシックカーから。ショパール ミッレミリア 2022 レースエディション
1000本限定
フォーミュラ1が大手時計メーカーにインスピレーションを与えているのはよく知られている。しかし、ショパールはもっとスローなインスピレーションを求めている。それがクラシックカー・レースだ。カーレースは数々あるが、「世界で最も美しいレース(la corsa piu bella del mondo)」と呼ばれるのはひとつだけ。それがサンマリノ、ローマ、シエナ、フィレンツェを走る約1600キロのロードレース「ミッレミリア」だ。現在ではこの伝説のルートを走れるのはクラシックカーのみとなり、まさに愛好家と通のためのレースなのだ。重要なのはスピードではなく、走ることそのもの。そして見ることと見られること。そして何よりもクルマ愛とその情熱について語り合うことこそが重要なのだ。
1988年以来、ショパール ミッレミリア・シリーズは腕の上でレースを繰り広げる巧みな演出で魅了してきた。エレガンスとドルチェヴィータ(本能のままに自由に遊び暮らすこと)を融合させ、レトロなスタイルで表現している。2022年も、今年のレースにちなんだクロノグラフ「ショパール ミッレミリア 2022 レースエディション」の2モデルが発売された。ステンレススチール製モデル、ステンレスとローズゴールドのコンビモデルともに、シルバーグレーの文字盤に鮮やかなブルーが印象的だ。ステンレススチール製は1000本限定、ローズゴールドとのコンビモデルは250本限定だ。秒針と6時・12時位置のクロノグラフ針の先端はレースカラーにちなんだ赤を採用している。スポーティーでレトロ、あるいはむしろタイムレス。クラシックカーを愛する人だけでなく、美のために時間をかけるのを惜しまないすべての人にふさわしい時計だ。
インスピレーションは文学から。IWC ビッグ パイロット ウォッチ アニュアル カレンダー ”プティ・プランス”
250本限定
2013年、IWCは ”プティ・プランス” ラインの第1号を発表した。マークXVII(マーク17)をベースにしたタイムオンリーのパイロットウォッチであり、青い文字盤でレトロな外観の時計だ。ただ、アントワーヌ・ド・サンテグジュペリとのつながりはそれ以前からあった。作家とブランドをつなぐのは、飛行への情熱だけではない。むしろ、両者にとっては人道的な価値観へのコミットメントの方が重要だった。精神的な話だけではなく、IWCは実際にアントワーヌ・ド・サンテグジュペリ・ユース財団を支援しているのだ。定期的に時計のオークションを開催し、その収益は財団に寄付され恵まれない子どもたちや若者の支援に役立てられている。
このラインの中で最も美しいのは2016年に発表されたIWC ビッグ パイロット ウォッチ アニュアル カレンダー ”プティ・プランス” ではないかと思う。これが時計作りの最高傑作であることに疑いの余地はないが、同時に『星の王子さま』の精神、初期の飛行の冒険の精神、そしてファンタスティックな要素も表現している。この時計は身につけると本質的なものも目に見えなくなる。というのも、サファイアガラスの向こうにある、『星の王子さま』の主人公が星空に浮かぶ惑星の上に立っている姿を象ったローターは、時計を外さないと見えないからだ。星の王子さまのように、今もなお美しいものや本物を見ることのできる人のための素晴らしい時計であり、まだ夢を持ち続け、世界を変えたいと願っているすべての人にふさわしい時計だ。