エイブラハム・リンカーンからマイケル・ジョーダンまで、アメリカの歴史には人を惹きつける魅力的な人物が大勢いる。その中には、本人と同じくらい魅力的な時計を身にけている人もいる。Chrono24のマガジンでは、”American Icons and Their Watches: History – Making Timepeaces”(英文記事)で「アメリカン・アイコン」と呼ばれる人々とその時計愛をテーマに取り上げた。非常に面白いテーマだったので、引き続き一人ひとりをクローズアップして紹介する企画をスタートした。初回のブルース・スプリングスティーンに続き、今回はフランク・シナトラが愛用していた当時のモデルを彷彿とさせる、現行のブローバ「Fly Me To The Moon (フライ ミー トゥー ザ ムーン)」をご紹介しよう。
「ザ・ヴォイス」フランク・シナトラが愛したブローバの時計
「If you’re not early, you’re late. (早くなければ、遅いんだ)」。シナトラのこの言葉には、常に多忙を極めたアメリカのスーパースターが、時間というものをどう捉えていたかが見事に表現されている。1915年生まれのOl’ Blue Eyes (シナトラのニックネーム) は、その素晴らしいキャリアの中で、1400曲以上をレコーディングし、プラチナディスクやゴールドディスクを40枚以上獲得した。また、サミー・デイヴィスJr.やディーン・マーティンらとともに、ギャンブルの街ラスベガスで「Rat Pack」(日本では「シナトラ軍団」)として数え切れないほどのショーを開催した。60本以上の映画に出演し、1953年の映画『地上より永遠に』ではアカデミー賞助演男優賞を受賞した。それだけでは足りなかったようで、Chairman of the Board(これもニックネーム)は1957年から1958年にかけてテレビ番組「The Frank Sinatra Show」の司会を務め、ビング・クロスビー、ロバート・ミッチャム、ナタリー・ウッドなどの豪華なゲストを迎えた。時代のアイコンとしてのステータスを、一度の人生でこれほどたくさん手にできる人間は他にいない。
これらの日程や仕事のことを考えると、シナトラが時間管理に長けていたことは想像に難くない。スマートフォンなどのデジタル時計はまだ考えられなかった時代で、当然シンプルな機械式腕時計以外の選択肢はなかった。シナトラは長年にわたり、時計ブランドのブローバの熱烈なファンであり、複数のモデルを所有していた。このメーカーをご存知ない方のために簡単にご説明しよう。ブローバは1875年、ボヘミア(現在のチェコ)系の移民のジョセフ・ブローバによってニューヨークで創設された。1960年代初頭、音叉式電子時計アキュトロンで名が知られ、1971年にアポロ15号の月面着陸で宇宙飛行士がルナ パイロットを着用したことで、宇宙の歴史にもその名を刻んだ。
生涯を地球で過ごしたシナトラは、1950年代から60年代にかけてブローバが製造したクラシックな機械式ドレスウォッチがお気に入りだった。ブローバは2020年末にシナトラと彼が愛用した時計を記念して、シナトラ コレクションを限定発売した。
フランク・シナトラ「Fly Me To The Moon」の詳細
さまざまなバリエーションのモデルが合計4種類発売された。各シリーズにはシナトラの代表曲の名が付けられている。ここでは、シナトラの写真でも目にする「Fly Me To The Moon」シリーズの時計に注目してみよう。もちろん、当時のオリジナルモデルはまだこの名前ではなかった。シナトラによって初めて世界的に有名になったのだ。
「Fly Me To The Moon」シリーズのデザインは、1960年代のクラシックな魅力を湛えている。39mm径の丸い曲線のケースは、一見すると当時オメガがコンステレーションに採用していた、いわゆるCラインケースを思わせる。この形は普遍的で、いろいろなシーンやファッションにマッチする。ケースはステンレス製で、金張りのバージョンも用意されている。まず目を惹くのが、放射状に広がる模様のポリッシュ仕上げ、アラビア数字、トライアングル・インデックスを採用した文字盤だ。モデルによってブラックまたはシルバーホワイトのカラーバリエーションがあり、6時位置の上にはシナトラのサインが印字されている。ステンレス製でシルバーホワイトの文字盤のRef.96B347は、当時シナトラが好んで身につけていたものと同じ仕様で、特に本物感がある。
1960年代に製造されたオリジナルモデルにはスイス製のムーブメントが搭載されていたが、今回のコレクションでは日本の時計メーカー、シチズンが製造する自動巻きミヨタ キャリバー8215が採用されている。2008年にシチズンがブローバのブランドを引き継いだのだから、驚くことではない。このムーブメントは42時間のパワーリザーブを備えており、ガラス製のシースルーケースバックからその様子を眺めることができる。ケースバックには曲名の「Fly Me to the Moon」と、有名なシナトラのフェドラーハットが描かれている。
結論をいうと、ブローバのシナトラ コレクションはシナトラ・ファンでなくても一見の価値があるエレガントなドレスウォッチであり、特に「Fly Me To The Moon」シリーズのステンレス製モデルは、米エンターテイメントの巨星・シナトラへのオマージュだ。当時のものは残念ながら滅多に出回っていないため、この復刻版はヴィンテージ時計に代わるチョイスとしておすすめだ。また、すべてのバージョンが7万円前後から購入できるので、懐に優しいことも良いニュースだろう。