2024年10月25日
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ラ・ジュー・ペレ:波乱万丈な歴史を持つムーブメントメーカー

Tim Breining
Cartier-2-1

ラ・ジュー・ペレ:波乱万丈な歴史を持つムーブメントメーカー

時計業界には、機械式時計の全盛期が終わり、クォーツ時計が躍進するずっと前から、数多くのムーブメントメーカーが存在していた。しかし、低迷した経済と時計業界の再編から、機械式ムーブメントが復活したにもかかわらず、ムーブメントのサプライヤーは大手の数社に絞られた。その一方で、大量生産セグメントでは状況は緩和し、セリタなどのムーブメントメーカーがこれまでほぼ独占状態だったETA社などの大手メーカーと競合したり、アジア製のムーブメントが受け入れられるようになったりと変化が見られた。少量生産のセグメントでは、自社で開発、製造を行う数多くのマニュファクチュールに加え、いくつかのムーブメントメーカーが有名ブランド用にムーブメントを開発したり、提供したりしている。こういった開発力を持つエボーシュメーカーの存在は、彼らのムーブメントを使用するブランドがそのことを公開しなかったことから、長らく時計業界をよく知る人の間でしか知られていなかった。ここ数年、ムーブメントの出自が注目されるようになり、これまであまり表に出ることのなかったムーブメントメーカーが脚光を浴びるようになってきた。また、時計ブランドもムーブメントメーカーとの協力関係を強みと捉え、積極的に彼らについて言及するようになった。

そんなムーブメントメーカーのうちの一つがラ・ジュー・ペレだ。シチズングループの傘下にあるラ・ジュー・ペレは、エントリーモデルからハイエンドモデル用まで、さまざまなムーブメントを開発および製造しており、シチズンの自社ブランドに加え、グループ外の顧客にもムーブメントを供給している。今回は、ラ・ジュー・ペレの最新ラインアップに加え、過去に所有者と社名の変更につながった時計業界最大のスキャンダルの一つを生み出した、同社の歴史を振り返りたい。

ラ・ジュー・ペレG100が搭載されたフレデリック・コンスタント クラシック プレミア
ラ・ジュー・ペレG100が搭載されたフレデリック・コンスタント クラシック プレミア

ジャケ社とジャケ事件

最初にはっきり言っておくが、現在のシチズン傘下のラ・ジュー・ペレは、当時のスキャンダルとは一切関係ない。しかし、この会社を深く理解するためには、前身であるジャケ社の歴史に触れる必要がある。会社名は、1980年代にラ・ショー=ド=フォンでアンティーク時計商だったジャン・ピエール・ジャケにちなんで付けられた。彼はすでに当時、その振る舞いだけなく、幾度も法に抵触する行為を行っていたことから、評判があまり良くなかった。また、偽造時計の販売容疑もかけられていたが、当時まだ大きな影響はなかった。クォーツ危機後、複雑な機械式時計に再び注目が集まるにつれ、高品質な仕上げのムーブメントや複雑機構への需要は高まっていった。ムーブメントや複雑機構を専門に扱うというこのニッチな分野において、ジャケはジャケ社を設立し、主にETA社製ムーブメントの組み立てと仕上げを行っていた。2003年、時計の密売と偽造を行う犯罪組織に対する捜査が行われ、ジャケが主要容疑者の一人であるという報道が出た。その「事件」とは、50万スイスフラン相当の金無垢のロレックスが消え、その直後に偽造のデイトナ クロノグラフが出回ったというものだった。これらの時計には、明らかにジャケによって改造されたETA社製ムーブメントが搭載されており、また当時のETAのトップが、ジャケだけがETA社製のムーブメントをロレックス デイトナのデザインに大規模に改造するだけの数量と道具を持っていると断言した。スウォッチの創業者であるニコラス・G・ハイエックは、これを「バチカン銀行に対する枢機卿の襲撃」だと例えた。最終的に、ジャケ、14人の共犯者、その他の関係者は、罰金と長期の禁固刑を言い渡された。この出来事は、「ジャケ事件」として時計業界の歴史に不名誉な形で刻まれ、時計業界で活躍し続けたいと願っていた同社にとって、ジャケの名は永遠に消し去られることとなった。そこで、プロサー・ホールディングが事業を引き継ぐ際、ジャケ社ができるだけ穏便に買収されるよう、ラ・ジュー・ペレという、当たり障りのない無難な名前が選出された。

2003年以降のラ・ジュー・ペレ

時計製造に関する犯罪スキャンダルについて説明したところで、技術的な側面に注目したい。過去の影から解放されたラ・ジュー・ペレは、改良と複雑機構のスペシャリストとしてその名を馳せ続けた。例えば、歴史的なムーブメントメーカーであるア・シルトのキャリバーAS 5008をモデルに、珍しいアラーム機能を搭載したムーブメントを製作。ラ・ジュー・ペレは、このムーブメントをLJP 5800として出荷した。ウブロに向けては、ETA社製の7750に変更を加えたHUB44RACを製作。RACは “Roue à Colonne”(コラムホイール)の略だ。通常カム式で駆動するこのムーブメントは、より高価格帯のモデルでは人気の高いコラムホイールにアップグレードされることが多い。ロマン・ジェロームには、90時間のパワーリザーブを備えた手巻きトゥールビヨンムーブメントを供給した。

オリス アートリエ アラームは、アラーム機能付きのLJP 5800を搭載している
オリス アートリエ アラームは、アラーム機能付きのLJP 5800を搭載している

2012年頃、同社は年間約5万個のムーブメントを生産していた。ここでの「生産」とは、ETA 2892や7750のようなムーブメントの簡単な改良から、スプリットセコンドクロノグラフ、そしてトゥールビヨンなどのハイエンドムーブメントまで、幅広い製造範囲を表す。2012年にシチズングループに買収されたことで、会社には大きな変化がもたらされた。外部顧客へのムーブメント提供は継続しながらも、シチズングループの一員となることで、フレデリック・コンスタント、アルピナ、アーノルド&サンといったグループ内の他のブランドへムーブメントを提供することで、新たなビジネスチャンスが開かれたのだ。特にフレデリック・コンスタントとアルピナには、ラ・ジュー・ペレが開発した、あるいはラ・ジュー・ペレと共同開発したムーブメントがある。フレデリック・コンスタントは自社製ムーブメントの専門知識を生かしながら、最近では、一部のエントリーモデルに、市販の標準的なムーブメントの代わりにラ・ジュー・ペレ製のムーブメントを搭載し、製品の価値を高める戦略をとっている。

今日のラ・ジュー・ペレ

2020年頃のパンデミック期、ラ・ジュー・ペレの経営は特にうまくいっておらず、受注はほとんどなかった。経営陣の交代により、会社の戦略の見直し、新たなベースムーブメントの発表、そして品揃えが整理された。新CEOのジャン・クロード・エッゲンのもと、新たなベースムーブメントであるG100の製造に注力した。シンプルな3針モデルの自動巻きムーブメントで、テンプの振動数は毎時2万8000回(4Hz)、パワーリザーブは68時間だ。このムーブメントは、そのパワフルなパワーリザーブで、すでに多くの顧客を獲得している。もちろん、ETA 2824-2やセリタ SW200と互換性があり、さまざまな品質等級でオーダーすることも可能だ。例えば、数週間前に発表されたMB&F M.A.D.1Sには、G101のバリエーションが採用されており、このムーブメントが搭載された多数のモデルのうちの一つにあたる有名な例だ。同社の代表的なクロノグラフキャリバーであるL100は、モジュールとベースキャリバーを持たない完全一体型の自動巻きクロノグラフだ。ここでも、ETA 7750とその改良された後継機、そしてセリタのSW500といった、このセグメントのベストセラーと互換性がある。コラムホイールと60時間のパワーリザーブ、そして毎時2万8000回の振動数で、競合他社製品と価格面でも差を付けている。

ラ・ジュー・ペレL100を搭載したフレデリック・コンスタント ハイライフ クロノグラフ
ラ・ジュー・ペレL100を搭載したフレデリック・コンスタント ハイライフ クロノグラフ

このグループで3番目のベースムーブメントはD100で、数年前にETAがコレクションから外した歴史的なプゾー7001をモデルにした、コンパクトでフラットな手巻き式ムーブメントだ。ここでもラ・ジュー・ペレは技術面での改良を加え、パワーリザーブを50時間に延長した。

魅力的な技術を備えたアンジェラスの新作

G100ムーブメントに注力したことで、非常に複雑なムーブメントがポートフォリオから消えたわけではなく、トゥールビヨンもラ・ジュー・ペレにおいて依然として重要な地位を占めている。キャリバー5000もまた、非常に興味深い歴史を持つムーブメントで、最近ではミンや、ラ・ジュー・ペレが商標権を所有する復活ブランド、アンジェラスの時計に搭載されている。

現在ラ・ジュー・ペレにおいてキャリバー5000として製造されているキャリバー045MCを搭載したカルティエ トーチュ モノプッシャー
現在ラ・ジュー・ペレにおいてキャリバー5000として製造されているキャリバー045MCを搭載したカルティエ トーチュ モノプッシャー

この手巻きモノプッシャー・クロノグラフムーブメントの設計は、1989年にF.P.ジュルヌ、ヴィアネイ・ハルター、ドゥニ・フラジョレによって設立されたTHA(Techniques Horlogères Appliquées)で開発されたムーブメントが元になっている。このムーブメントは1999年にカルティエ トーチュ モノプッシャーに初めて搭載された。これは、コラムホイールをクラッチとして振動ピニオンを組み合わせたもので、コンパクトなプゾーのムーブメントがベースになっている。その印象的な構造の権利は、後にジャケ、そしてラ・ジュー・ペレに移譲された。幸いなことに、現在でも入手可能だ。

ミンで37.04として搭載されたラ・ジュー・ペレのキャリバー5000
ミンで37.04として搭載されたラ・ジュー・ペレのキャリバー5000

ミヨタとの協働関係

シチズンの一員となったことで、ラ・ジュー・ペレは必然的に大きなチャンスを得ることになった。というのも、シチズンにはミヨタという大規模な時計ムーブメントがいるからだ。その効果は、ラ・ジュー・ペレのG100などに活用されている。G100は、その大部分がシチズン・ミヨタの9000シリーズのキャリバーをベースとしている。しかし、全ての点においてこのモデルを完全に模倣しているわけではなく、より高いパワーリザーブを備えており、そして何よりも、当然ながらスイス製である。

キャリバー0200を搭載したシチズン
キャリバー0200を搭載したシチズン

2021年には、シチズン、ミヨタのムーブメント製造部門とのコラボレーションが実現した。「ザ・シチズン」 の発表は、明らかにグランドセイコーへの挑戦であり、あるいは少なくとも、この発表で現在成功を収めている国内の競合他社との競争へ、足を踏み入れたことになる。美しいエッジを持つケースや、自然や日本の職人技からインスピレーションを得た文字盤に加え、現代的でエレガントな自動巻きムーブメントも欠かせない。ラ・ジュー・ペレとの共同開発であるキャリバー0200が搭載されている。このムーブメントでは、技術的な側面においては明らかにミヨタ・キャリバーの特徴を強く反映している一方、ラ・ジュー・ペレの仕上げ技術が生かされている。その結果、シチズン・ミヨタのこれまでの素朴で工業的なデザインから、現代的で高級感のある印象へと大きく変化した日本製の自動巻きムーブメントが生まれた。これにより、高級機械式時計を求める顧客のニーズに応えることができるようになった。

今後の展望

近年では生産量が増加し、受注も好調なため、従業員数を増やし、機械設備への投資も可能となっている。ラ・ジュー・ペレによるシチズングループ内のブランドへのムーブメント供給と外部ブランドへのムーブメント供給の両方を同時に進めるという多角化戦略が今後どのように展開していくのか、引き続き楽しみだ。彼らのラインアップには、マイクロブランドからハイエンドブランドまで、さまざまな顧客層にアピールできる素晴らしいムーブメントが数多く存在することは間違いない。


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記者紹介

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2014年に工学部の学生であった際に、時計への興味を見いだしました。初めはちょっと興味があった時計というテーマは、徐々に情熱に変わっていきました。Chrono24 …

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