時計業界は常に進化し続けるエコシステムだ。この手首に巻く計器の背後にあるスタイルからエンジニアリングまで、物事はどんどん変わっていく。同じことが時計のマーケティングについても言える。わずか10年少し前には、大多数の時計製造ブランドは、その目的にはほとんどかなわない、ごく初歩的なウェブサイトを運営するのみだった。
そのうえ、ソーシャルメディアの重要性はほとんどのブランドの痛いところを突くようになり始め、ジュネーブ・ウォッチ・デイズ、ドバイ・ウォッチ・ウィーク、Watches and Wondersなどのオフラインでの一般公開される見本市イベントは、一般の人たちの参加を歓迎するようになったばかりである。そして、ついに主流になったさらにもうひとつのマーケティング要素が、コラボレーションだ。例えば時計メーカーは地元のケースメーカーにケースを注文し、地元の文字盤メーカーに文字盤を注文するというように、時計業界はもともとコラボレーションの概念のもとに形成されているものの、近年ではコラボが別の方法で再び流行ってきている。ブランド各社は公にお互いに協力関係を築き、興味と関心を刺激し、新しい客層を取り込んで利益を生み出せるような時計を作り出している。ほとんどの人にとってこれは目新しいことではないが、ロレックスはやっとこれを理解し、ついにそのストイックなマーケティング手法を変え、さまざまな度合いのコラボレーションを取り入れるようになったようなのだ。というわけで、ロレックスの最近のコラボを見て、それらが同社のビジネス戦略の変更をどのように示唆しているのか、検証してみよう。
ロレックスのコラボレーションに関する歴史
ここで重要なのは、ロレックスが他社の製品を新しい顧客層へ売り込むという原則の元に設立されたということだ。ロレックス、あるいは当時の社名であるウイルスドルフ&デイビス社に関するハンス・ウィルスドルフの元々の考えは、スイス製のケースとムーブメントを買って、ロレックスのブランドが付いた時計を組み立てるという、前述の協力的な時計製造に似たものだったのだ。時が経つにつれ、同ブランドはより外向的な提携の形として、共同サインの付いた文字盤を作るようになった。
しかし、これは1990年代初期に、ロレックスがティファニー社との提携を断ち、ティファニーのロゴが押された時計に保証をつけることをやめた際に変わった。それ以来、ごく最近までロレックスは、業界の他の部分からほとんど影響を受けない内向的な一匹狼ブランドだったのだ。しかし近年、それも変わってきたようである。
潮の変わり目
筆者が思うには、ロレックスが第三者と提携するようになった最初の兆候のひとつは、ジェームズ・キャメロンによる2012年の水深約11000mのマリアナ海溝単独潜水を記念して、2014年に同社がローンチしたディープシー D-BLUEだろう。海の濁った深みを彷彿とさせる、ブルー&ブラックの2色のグラデーションが特徴の文字盤を持つこの時計は、ロレックスが過去20年間に見せてきたものとは明らかに一線を画している。
ディープシー D-BLUEに続いて、2016年、ロレックスはエアキング Ref. 116900を発表した。これは2014年にロレックスが、地上最速記録を打ち立てるべく設計された乗り物、ブラッドハウンドSSC(このプロジェクトは資金不足となり、最終的には失敗に終わった)のために作った特注のダッシュボードクロックに着想を得たもので、ロレックスの時計作りへのかなり閉鎖的な手法からの逸脱を示すもうひとつの時計だった。しかし、2年にわたってリリースされたコラボレーションによって、ロレックスのクリエイティブな活力は枯渇したようだった。
コラボレーションの復活
2022年11月、ロレックスはジェームズ・キャメロンによる2012年のディープシー チャレンジャー号のマリアナ海溝潜水を讃える、もうひとつの時計をリリースする。それが1万1000mの防水性を誇る、50mm径の巨大なチタン製時計だ。そのとんでもないサイズと防水性から、これがデイリーウォッチとしてどれだけ完全に非現実的であるかを考えれば、ディープシー チャレンジは、ロレックスが第三者の偉業とのつながりを讃え、また時計メーカーとしての自社の能力をアピールするためのマーケティング上の策略だということがわかる。筆者は、これがロレックスの戦略が変化し始めたことを意味し、それによって同社はブランドの長期的な成長にとってコラボレーションがどれほど重要であるかを明らかにし始めたと考える。
ディープシー チャレンジの後まもなく、ロレックスは現代のモデルの中でも最も人気が高く入手困難な時計のひとつである、ル・マン デイトナを発表した。これは過去のポール・ニューマン デイトナへのオマージュであると同時に、ル・マン 24時間レースの100周年を記念する限定版のホワイトゴールド製デイトナだった。2023年7月から2024年4月まで製造されたこの時計は、ロレックスが第三者の歴史を利用して、それを自社の時計に結びつけた非常に意図的な戦略だった。確かにロレックスには、バチスカーフ、トリエステ号による深海探査を通じて、ジェームズ・キャメロンの最初の2012年のマリアナ海溝潜水と共通する歴史があるが、ル・マンとのつながりはそれほど明らかでない。にもかかわらず、このモデルは大ヒットとなり、現在およそ3900万円ほどの価格帯で取引されているのだ。
現在のロレックス
その後分かったことだが、ル・マン デイトナはまだまだ始まりにすぎなかったのだ。今年、私たちはすでに2つのコラボ時計の発表を目にしてきた。2024年初の新作として、ロレックスはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との提携15周年を記念する、デイデイト ウィーン・フィルハーモニーを発表した。オーケストラからインスパイアされた、特別なデザインの文字盤が特徴のこの時計は、自社の時計への関心をかき立てるために、他社とそのイベントとのつながりを利用した明らかなもうひとつのロレックスの戦略である。
フィルハーモニー デイデイトの発表からわずか2カ月後、ロレックスは3月の2024年 アカデミー賞で、もうひとつの新作、新しいデイデイトを非公式に発表した。この時計は限定版として提供されてはいないものの、これはロレックスが自社の時計をクリエイティブかつ珍しい手法で売り込もうとする、同社の戦略転換を強調している。特に、同社のマーケティング戦略が1990年代初頭以来、どれほど揺るぎなく変わることがなかったかを考えると、なおさらである。業界内でコラボレーションモデルのリリースが盛んになり、ロレックスによるコラボレーションモデルのリリース頻度も上がっていることから、このジュネーブの巨大企業による特別エディションが今後さらに増えると期待されるのは当然のことだ。ロレックスは、同社の昔からの古臭いマーケティング手法に少々飽きてきたコレクターたちに、新鮮さを届けようとしているのだ。