2018年08月16日
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ロレックス デイトナ vs オメガ スピードマスター vs タグ ホイヤー カレラ

Christopher Beccan
Carrera Daytona Speedmaster JP

クロノグラフに目がない私は、史上最も有名な3本のスポーツクロノグラフを互いに比較してみることに決めた。クロノグラフ腕時計が日常においてどれほど便利であるか、ということはしばしば忘れられているように思う。それに加えて、クロノグラフは最も製造するのが難しいコンプリケーションの1つである (それについてはクロノグラフに関する別の記事を参照頂きたい)。スポーティーな本質とともに、この時計は非常にクールな印象を与える。私たちが選んだこの3本のクロノグラフ タイムピースは共通した部分を持っているが、とりわけ、それが時計製造技術の結晶として形になっていることは見逃せない。

タグ・ホイヤー カレラ

1963年に発表されたカレラは、自社ブランド名を冠したホイヤー初のシリーズであった。カレラはホイヤーのデザイン進化であり、1940~50年台に広まっていたクロノグラフの中で一線を画していた。当時 CEO であったジャック・ホイヤーは、高い可読性を持つ時計を求めていた。彼は当時のクロノグラフによく見られた不必要な細かい目盛りのファンではなかったため、1/5秒スケールを時計の薄い内部ベゼルに印刷させた。これによって、シンプルでクリーンな外観でありながら、文字盤の見た目も大きくすることに成功し、史上最も魅力的なクロノグラフの1つが誕生した。

レーシングドライバーやモータースポーツファンのために設計された時計には、モーターレースの魂を呼び覚ます名前が必要である、ということをジャックは知っていた。カレラという名の由来は、伝説的なカレラ・パナメリカーナ・レースが開催された1950年台にまで遡る。当時、世界で最も優れたレーサーたちが、過酷で時には死に至ることもあったこのメキシコ縦断レースに参加した。モータースポーツを愛していたジャック・ホイヤーはこのレースのことを耳にし、スペイン語で「キャリア」または「レース」という意味のカレラという名に衝撃を受けた。そして、その名を自身の新作時計に付けることに決めた。

ホイヤーはカレラに対する明確なビジョンを持っており、ホイヤーが過去数十年に製造したクロノグラフから新たな変化を遂げたことを示すために、この発音しやすく国際的によく知られた名はふさわしかった。カレラシリーズの最初に登場したモデルは、時間、分、秒を記録するための3つのインダイアルを持つ36mmカレラ 12 ref.2447と、45分カウンターとスモール・セコンドのみを持つカレラ45 ref.3647の2つであった。カレラ12は、ロレックス デイトナなど、その他の高級時計にも使用されていたバルジュー72を搭載していた。タグ・ホイヤー カレラは素晴らしい成功を収め、その他のモデルの発展を促進した。

悪評高いタグ・ホイヤーのクロノグラフ デザインは時が経つとともに変化したが、今でもその特徴を保っている。多様なモデルを持つカレラは、現在タグ・ホイヤーのフラッグシップ モデルとして君臨している。新品モデルであってもヴィンテージモデルであっても、カレラの特徴は常に変わらない。

オメガ スピードマスター

ここで紹介する3本の時計の中でも、オメガ スピードマスターは最も興味深い歴史を持っている。オリジナルのスピードマスター(Ref. CK2915)は、元々クロノグラフが必要となるカーレーサー、アスリート、そしてエンジニアのために開発された。しかしながら、スピードマスターの名が世に知られるようになった理由は、道路やスポーツ、それどころか地球にも関係していない。クロード・バイヨがオメガでスピードマスターをデザインし、ピエール・モイナットと彼のチームがそれを開発していた時、スピードマスターが世間に与えることになる衝撃とその熱狂的人気についてまったく予想していなかったのではないかと思う。

ご存じのように、スピードマスターには「ムーンウォッチ」というニックネームが付けられているが、これは最初からあったわけではない。1962年、NASAはブローバ、ロンジン ウィットナー、ロレックス、ウォルサム、そしてオメガの腕時計をテストした。そして、アポロ11号の宇宙飛行士を月面飛行へと送り出すために、NASAがどの時計を選んだかは言わずもがなである。そのようにして、スピードマスターは「ムーンウォッチ」として知られるようになったのである。

この3つの時計の中で、スピードマスターは月に同行したオリジナルモデルの外観をそのままに留めている唯一のスポーツ クロノグラフである。いくつかの変更が施されていることは確かだが、最終的な製品の外観は変わらないままだ。「if it isn’t broke, don’t fix it. (システムや方法が上手く機能しているのであれば、それを変える必要はない)」という言葉を思い出す。デザインに大きな変更が加えられないということは、それが元々素晴らしいものであることの証である。

ロレックス デイトナ

この3本のクロノグラフの中でおそらく最も有名なクロノグラフ、それはロレックス デイトナであろう。この時計が人気である理由にはわからないことも多いが、非常に素晴らしい点もたくさんある。ロレックス デイトナは、1963年にコスモグラフ Ref. 6239として発表され、他の2本の伝説的クロノグラフと同じようにモーターレースからインスピレーションを受けている。実はデイトナの元の名前は「ル・マン」というのだが、この名前は長く続かなかったようだ。

このコスモグラフがアメリカに渡った時、ロレックス USA はアメリカ市場向けモデルの文字盤に「デイトナ」の文字を入れるよう要請した。というのも、ロレックスはデイトナ24時間レースの公式スポンサーであったからだ。しかし、名前の変更は1964年になってようやく実施された。そして、この過酷な24時間レースの勝者に賞の一部としてこの時計が贈られるようになったのも、この年からである。

ロレックス デイトナは既存のスポーツウォッチの中で間違いなく最も収集価値があり、そして世界中で最も人気のあるクロノグラフであるが、ヴィンテージのデイトナもどこか特別な魅力を持っている。すでに述べた通り、6239は初めて市場に送り出されたデイトナであり、スピードマスターと同じようにタキメーターベゼルを搭載していた。このベゼルと文字盤には初期の段階で小さな修正が加えられた。初期デイトナの心臓部ではバルジュー72 (上述したカレラのムーブメントと同じ) が時を刻み、ロレックスはそれを72Bと改名した。

翌年の1965年にもう一つの重大な変更が行われた。ロレックスは自社の防水ケースを常に自画自賛し、それによって文字盤に「オイスター」の刻印を刻むに値しない腕時計では満足することができなくなってしまった。そして、クロノグラフプッシュボタンをネジ込み式ボタンに置き換えることで (このリファレンスは 6240 として有名) 本物のオイスターロレックスを完成させた。これは現在のモデルにおいても手本となっている。

デイトナはこのモデルについてあまり詳しくない人々をも魅了しているクロノグラフである。そのデザインは色褪せず、ロレックスは今年新たに進化したモデルを発表した。時計ファンの間では、この話題で持ちきりである。


記者紹介

Christopher Beccan

クリストファー・ベッカンはオンライン マガジン「Bexsonn」の創業者で、このマガジンで彼の2つの情熱である特別な時計とウィスキーについての記事を公開しています。その他の執筆は…

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