2021年06月21日
 6 分

ロレックス: ヘリコプターパイロット、エドと彼のGMTマスター II

Chrono24
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My Rolex Story: Helicopter Pilot Ed and His GMT-Master 2

今年3月、ユーザーの皆さまから、初めてのロレックスにまつわる自分だけのロレックスストーリーを募集し、3月29日で終了しました。当初はその中からひとつだけ選んで掲載する予定でしたが、寄せられた中には素晴らしいストーリーがたくさんあったため、今年一杯、いくつかを紹介してくことにしました。 

第一回目はテキサス州オースティン在住のエリックを紹介します。エリックのロレックス デイトジャストについての感動的なストーリーはこちらで是非ご一読ください。 

今回は、オーストラリア在住のプロのダイバー兼ヘリコプターパイロットのエドが14年前から所有している、GMTマスター II ペプシの波乱に富んだストーリーをご紹介します。 

私のGMTマスター II

ロレックスの時計が持つ品質と遺産について私が初めて気づいたのは、北海のダイビング業界でダイバーとして働いていた、20代もまだ初めの頃だった。多くの現役ダイバーたちと、今は上層部にいる元ダイバーたちはCOMEX ロレックスやシードゥエラーを、そしてごく一部の人はサブマリーナを愛用していた。私は海での仕事の最後の年に、2年もののサブマリーナ ノーデイトを400ポンドで買わないかと持ちかけられたのだが、なんと愚かにも、航空券を買う金が必要だからとそれを断ってしまったのだ!私はいまだにそのことを後悔している。時々、当時の自分の馬鹿さ加減に、後悔の叫びを上げて夜中に目を覚ますことがある。 

10年後、私は北海のヘリコプター会社で、北海上の石油掘削リグと船との間を飛び交うキャプテンとして働いていた。私は何か不測の事態が起こったときに、自分の命を安心して預けられるような、読みやすく、飛行用のドライスーツでもあまりかさばらないような時計がほしいと思っていた。全ての重要項目をクリアした唯一の時計は、ペプシベゼル付きのGMTマスター II。私は配色とスタイルという点においてクラシックなルックスを持つこの時計が大好きだった。 

自分のGMTマスター IIを着用したエド
自分のGMTマスター IIを着用したエド

私は自分の家を売ろうとしていたところで、なんとかその新しい買い手 (ガトウィック空港からアバディーン空港へと引っ越すことになった通関業者) にもう2500ポンド支払わせることができたのだが、それは私の弁護士が、家を手に入れるにはもう少し “入札額を上げる” 必要があると告げたためだった。彼が知らなかったのは、自分以外には誰も入札している人はいなかったということだ。銀行口座に余分の2500ポンドを受け取った私は、地元のロレックス販売店へ向かい、ペプシカラーのGMTマスター IIを購入した。14年も前のことである。以来、私はノルウェー、英国、オーストラリア、東ティモール、ポーランドへ飛び、そして仕事のためにスカンジナビア、英国、中東、東南アジアを訪れた。私のGMTマスター IIはどこに行っても常に私と一緒にあり、各地の現地時間と、航空貨物書類と航空交通管制 (ATC) の位置通報に必要なGMTを教えてくれた。 

2010年、とある石油掘削リグのヘリコプターデッキにいる間、私はデッキの下へと軽い休憩を取りに行った。らせん階段を下りる際、私はこれから出ていく作業員がヘリコプターへ向かおうとらせん階段を上ってくるのに出くわした。咄嗟に私は中央の円柱をつかんだのだが、左の手首に何か異変を感じた。手首を見ると、時計のクラスプが若干歪んでいるのが見え、私は気分が悪くなった。キンバリー地域のベースに戻ると、シドニーのロレックスに電話をかけ、新しいピンの価格を尋ねた。すると非常に丁寧な店員が電話口で、400ドルする新しいクラスプのパーツ自体を購入するしかないと言う。続けて相手は、「近いうちにアジアへ行かれるご予定はありませんか?」と尋ねてきた。私が実は1週間後にシンガポールへと行く予定だと告げると、「では、オーチャード・ロードのロレックスへお越しください。そちらで喜んでご対応させていただきます」とのことだった。 

1週間後、私はオーチャード・ロードにあるロレックスのメンテナンスセンターを訪れ、時計を修理してもらった。そこで待っている間、私は自分の人生で味わった中でも指折りのおいしさのコーヒー (泡の表面にチョコレートパウダーでロレックスのロゴが描かれていた) を出されたのだった。30分後、私の時計はいくぶんか磨かれて、なんと200ドルの請求書と共に返ってきた。 

仕事中のエド
仕事中のエド

GMTマスター IIを購入してから6年後、私はフルメンテナンスを受けることにした。そこでシドニーへ飛び、ジョージ・ストリートのロレックスのショップへ私の時計を預けた。オフィスでは素晴らしく感じの良い女性店員が私を歓迎してくれた。私は自分の時計にしばしの別れを告げ、GMTマスター IIがフルメンテナンスに入っている間に着けるための時計として、オメガ スピードマスターを買いに出かけた。妻はこの買い物が気に入らなかったのだが、彼女はそれでも決してそれを蒸し返さなかった。10週間後、うちのドアをノックする音があり、出てみるとそれは私の愛するGMTマスター IIだった。全ての小さな傷は磨かれており、新しいペプシベゼルが装着され、まるで新品のようだった。ベゼルの赤い部分がオーストラリア北部と東ティモールの熱帯の太陽光によってどれだけ色あせるものか、すっかり忘れてしまっていた。 

私は今では25年近くもの間、石油掘削リグと船の間をヘリコプターで飛び続けている。それを祝って、私はポーラーホワイトのロレックス エクスプローラー 2のウェイティングリストに自分の名前を記入した。しかし過去10年間でのこのブランドに対する人気の高まりのため、かなりの間待たなければならないようである。当時オフショアで着用されていたロレックスの中でも珍しかったことから、オフショアで働いていた際にもともとほしいと思っていたのはエクスプローラー 2だったことを考えると、非常に残念だ。 

私のGMTマスター IIに関しては、永遠に手放すつもりはない。これからもその美しい外見とスタイルのため、ほとんどの時間をこの時計を着用して過ごすだろう。 

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