2020年05月20日
 7 分

当時と今の時計トレンド: 90年代

Jorg Weppelink
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当時と今の時計トレンド: 90年代

過去数十年の事を振り返ることは、とても楽しい気分にさせてくれる。ある時代を定義する際には、その時代を再び訪れ、再発見する絶好の機会である。このシリーズは、時計製造について10年単位でフォーカスしていく。今回は、クォーツ危機直後に機械式時計の製造が見直され、今日の時計製造の基礎が築かれた1990年代に遡る。それでは早速本題に入り、「素晴らしい10年間」としても知られるこの時代へ飛び込み、時計製造の決定的な瞬間をいくつか詳しく見ていこう。

1990年代に突入した時期、時計業界はクォーツ機構によって完全に支配されていた。それでも、機械式時計のセールスはゆっくりと増加しており、かすかな希望の兆しはあった。1980年代の半ばから後期にかけて、ロレックスパテック フィリップIWCなどの多くのブランドが機械式時計の製造にフォーカスを維持することを決めた。同時にブランパンユリス・ナルダン、その他いくつかのブランドは第三者企業に買収され、機械式時計製造におけるエリートとして復活した。 

Rolex Daytona, Image: Bert Buijsrogge
ロレックス デイトナ, 写真: Bert Buijsrogge

 

高まるヴィンテージ時計への関心 

こういったブランドの機械技術に対する愛情は、コレクターの間でロレックス デイトナブライトリング ナビタイマーなどといったヴィンテージのクロノグラフへ対する関心の高まりによって、さらに補われることとなった。多くのコレクターによるこの新たな関心は、1980年後半にイタリアで始まった。イタリア人はスタイリッシュな人が多く、彼らにヴィンテージ クロノグラフへの特別な関心を抱かせた理由には、アビエーターファッションが当時新たに人気を得たことがある。素敵なヴィンテージ クロノグラフは、レザーのボンバージャケットとアビエーション サングラスととてもよくマッチした。このトレンドは、瞬く間に世界中に広まり、1990年代初頭には、デイトナは機械式時計のアイコンとして高く評価されるようになった。 

A. Lange & Söhne Lange 1
A.ランゲ&ゾーネ ランゲ1, 写真: Bert Buijsrogge

 

ドイツ時計製造のカムバック 

ベルリンの壁崩壊と東西ドイツの統一後、ドイツの時計製造は驚くべきカムバックを遂げた。5つのブランドが、すぐさまグラスヒュッテを時計製造の中心として選び、事業を再始動した。A.ランゲ&ゾーネ、グラスヒュッテ・オリジナル、ユニオン・グラスヒュッテ、ミューレ・グラスヒュッテ、ノモス・グラスヒュッテは、ドイツ時計製造に対する関心を再び呼び起こす役目を果たした。5つのブランドの中で最も有名なのがA.ランゲ&ゾーネで、このブランドは1994年に伝説のランゲ1を発表した。今日では、このモデルは最もアイコニックな時計として知られており、復活を果たしたドイツ時計業界のイメージ企業としての役割を果たしている。 

ハリウッド時計 

90年代は、ビッグな映画スターが特にオーバサイズの腕時計であったが、高級時計を公の場でお披露目する10年でもあった。シルベスター・スタローンは、1995年に映画「デイライト」をイタリアはフィレンツェで撮影中に、パネライのブティックを偶然にも見つけ出した。そこでは、この映画で着用している姿が見られるが、パネライ時計を購入することを即座に決めただけではなく、彼の友人やこの映画に携わった人々に振る舞うために、なんと200本の時計を注文した。これにより、パネライは世界的な人気を得ることとなった。 

Audemars Piguet Royal Oak Offshore Red Gold
オーデマピゲ ロイヤルオーク オフショア, 写真: FratteloWatches

 

スタローンがパネライを譲った人の中には、もちろんアーノルド・シュワルツェネッガーがいる。だが、当時のアーニーの腕には、他の時計が着用されており、それはオーデマピゲ ロイヤルオーク オフショアだった。このモデルは1993年に発売され、若いオーディエンスのためのロイヤルオークとして販売された。大きなケースに厚さもたっぷりあるこの時計は、アーニーのようなタイプにぴったりの時計だった。そして彼はこの時計を頻繁に着用し、世間に普及させた。 

 

ジェームズ・ボンドとオメガのパートナーシップ 

もう少し品を上げるとすると、ここからはジェームズ・ボンド映画のフランチャイズと大成功を収めることができたオメガとのパートナーシップについて注目する。1995年、ピアース・ブロスナンは『007 ゴールデンアイ』の映画で、新たなジェームズ・ボンドとしてのデビューを果たした。この映画で007は、オメガ シーマスター 300Mを着用している。最終的に、彼は続く映画で機械式のオメガ シーマスター 300M プロフェッショナル クロノメーターに替えている。現在この時計は、”ボンドウォッチ” として知られており、モダンなクラシック時計と見なされている。 

Omega Seamaster Diver 300M, 1993
オメガ シーマスター 300M

 

時計と音楽 

1990年代には、ヒップホップが急激に認知され、ヒップホップも高級時計への関心を高めるのに貢献した。派手な時計は、ラッパーやヒップホップアーティストの仕上げのタッチとして見た目を決めるアクセントだった。有名なラッパーの腕で目立つようになった最初のブランドの一つは、ジェイコブ (Jacob & Co.) だった。しかし、多くのラッパーはいずれロレックス、オーデマピゲ、フランク・ミュラーなど他のブランドを引用するようなった。時計とヒップホップの関係性は、時間が経つにつれ強くなっていき、いくつかの機会で複数の企業がラッパーとチームを組んでいった。 

 

グランド・コンプリケーションの時代 

90年代では、長い伝統を持つ多くのブランドが、とても複雑な機械式時計を製造することによって、比類のない時計製造に関して優れた能力を見せつけた。その人気は、1989年に発売されたパテック フィリップ キャリバー89のポケットウォッチから始まる。パテックは、このタイムピースを自社創立150周年を記念にして製造した。 

その後は歯止めを解いたかのように、他のブランドが続いて現在ではアイコニックな独自の傑作を発表していった。例えば、IWCはバーゼルワールド1990で、世界初の手首に着用できる ”グランド・コンプリケーション” を発表した。1992年には、ブランパンが1735グランドコンプリケーションをリリースした。同じ年には、ユリス・ナルダンがテリリウム・ヨナヘスケプラーを発表した。これら全てのハイエンド時計がリリースされたことは、時計製造は健在しているだけではなく盛況していることを示した。 

 

IWC Grand Complication
IWC グランド・コンプリケーション

 

だが私としては、グランプリを1993年に発売されたIWC イル・デストリエロ・スカフージアに与えたい。このモデルはIWCの創立125周年を記念して製造され、125本限定で販売された。最後の時計は、私の時計への関心が高まった頃の1999年に製造終了となってしまった。イル・デストリエロ・スカフージアには実に驚いた。IWCが信じられないほど複雑な時計を製造しただけではなく、見た目もものすごくよくデザインされていた。 

イル・デストリエロ・スカフージアは、この時代で最も多く話題になっている時計だ。この時計は、私が時計を好きな全ての理由や1990年代の時計業界の状況を反映している。驚くべき職人性と素晴らしいデザインに対する愛情は高まるし、機械式時計製造がどれだけすごいかを再確認させられる。1990年代の10年間は、機械式時計製造が脚光を浴びるべきその状況へ再び戻り、それ以降その脚光はますます眩しくなるばかりである。 

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記者紹介

Jorg Weppelink

こんにちは、ヨルグです。2016年からChrono24で記者として執筆しています。しかし、Chrono24との関係はそれ以前からあって、時計好きになったのは2003年頃からです。私の友人 …

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