2020年04月13日
 7 分

時計職人の日常生活から: オーバーホール

Chrono24
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時計職人の日常生活から: オーバーホール

時計職人のウルリッヒ・クリーシャー (Ulrich Kriescher) は、自身の工房またはテレビ番組で、毎日時計についての問い合わせに対してアドバイスを与えている。この記事では、日々の仕事の中で最も頻繁に聞かれる質問について語ってもらった。そのうちの一つは、時計をオーバーホールに出した際、時計にはいったい何が成されているのか?

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Ulrich Kriescher

「未だに時計を修理することってあるのですか?」この質問で、私と顧客との最初の会話が良く始まります。時計職人としてはもちろん、修理は主な仕事の一つです。私が属するギルドは残念ながらますます希少になってきているため、多くの方はこの職業について知らないだけでなく、40代半ばである私が職人としてとても若い人材がであることも知られていないようです。日々の仕事で、私はこれまでに無数の時計に携わってきました。よって、機械式時計を所有する全ての方にアドバイスを与えることができます。一番のアドバイスは、定期的にオーバーホールに時計を出すことです。

一体なぜオーバーホールが必要なのでしょうか?

車と同様、時計は複雑で技術的な構造でできていて、定期的な点検が必要です。車のギアオイルは、15000kmごとに交換する必要があります。150000kmに達した時点で交換するのでも大丈夫とも言えますが、オイル交換をせずにいると、ギアが潤滑しなくなり、摩擦により擦り減って最終的には修理だけでは済まない状態になってしまいます。時計の機構もそのギアと同じく、潤滑油で摩擦を防ぐことができます。このように、時計を長持ちさせたいのであれば、メンテナンスするのは当たり前と思えるはずです。時計の機構の各ベアリングは、「マイクロドロップ」と言って一滴のオイルが点されています。そのため、少なくとも5年から7年に一回は、サービスに出すのが適切です。また、高速で振動する一部の時計 (ゼニス エル・プリメロなど) は、もっと頻繁にオーバーホールに出すことをお勧めします。

Rolex Revision

オーバーホールではどのような工程が踏まれるのでしょうか?

 オーバーホールを開始する前に、まずは見積りを取ることから始めます。そのためには、ケースの状態はどうか?ブレスレットは?バックルはちゃんと閉まるか?文字盤の状態は?など、まずはルーペを使って正確に見ていきます。

そしてタイムスケールのダイアグラムという物を最初に作成します。ここで、時計がどのように起動しているかを数値で示します。ほとんどの場合、この時点で、ケースを開けて機構を点検する際にどこをしっかり詳しく調べる必要があるのか、個々のポイントを割り出すことができます。ムーブメントを一目見れば、それが汚れているか、または緩くなっていたり錆びついている箇所はあるかなどがわかります。こうして、個々の時計のオーバーホールの見積りを作成することができます。

1. 機構を取り出して分解

依頼を受けたら、すぐにでも修理にかかります。ケースから機構を取り出し、機構に集中してさらに取り組みます。全ての段階で、時計に何らかの損傷があるかどうか確認することができます。ここでとても重要なのは、事前にゼンマイを緩めること。さもないと、作業している間に、突然全ての歯車が工房内に飛び散ってしまう可能性があります。そんなことが起こってしまったら、全ての部品をまた元に戻すのはかなり大変です。

Rolex Revision

2. 機構と時計を洗浄

そして全てのパーツをまず洗浄機に入れ、それからいくつかの浴槽に浸け、各浴槽の異なる洗浄剤で綺麗にしていきます。各浴槽で約45分洗浄すると、機構全体はいかなる汚れや古い油から解き放たれます。その間、私はケースとブレスレットに取り組みますが、ここではまずある程度洗浄する感じです。お客様の要望により、特定のヴィンテージルックを維持させたい場合などは、修理・調整や改造はなく、洗浄するだけで仕事は完了します。いくつかのヴィンテージモデルでは、そのケースやブレスを磨いてしまうと、オリジナルの状態とは異なってしまうい、時計の価値を低下させてしまうことがあります。

Rolex Revision Reinigung

お客様が完全なオーバーホールをお望みの場合にのみ、次なる作業へ進みます。工程としては、ポリッシュ、やすり、またポリッシュした後、調整し、必要であればピンも交換します。次にケースとブレスレットを超音波洗浄にて徹底的に綺麗にします。ここでは、このようなクリーニングをすることにどれだけ価値があるか、ベルトのリンクやケース内に溜まっていた汚れなどを自分の目で確認できることで、その価値を理解できます。汚れは往々にして外からは見えません。金属のブレスレットは少なくとも年に一回でいいので、超音波洗浄をすることをお勧めします。

Rolex Revision Reinigung

3. 時計と機構を組み立てる

そして全てを元に戻していきます。一つづつ部品を組み立て時計を元に戻すには、歯車から始め、バネ、脱進機、そしてテンプを組み立てていきます。合間には、必要に応じてパーツに潤滑油を注ぎます。そして文字盤と針を設置し、ケースを閉じます。ここで必要であれば、ガスケットを交換します。

4. 機能の精度調整

Rolex Revision Kontrolle

最後に時計のタイミングを調整します。お客様にとって、時計の精度というのは最も重要なことです。ここで、オフィステーブルに8時間座る比較的身動きの少ない環境にいる着用者、または1日8時間ドリルを使って作業をするような着用者では、大きな違いがあります。全ての腕の動きは、時計の振動動作に影響を及ぼします。こういった着用者の情報は、テストの中に組み込むことができるのです。

 自動巻き時計のテストを行う中で、最も時間がかかるのがパワーリザーブのテストです。よって、そのための器具として時計ワインダーを所持しています (50本の時計を一斉に巻き上げられる工房用の道具で、皆さんが家で所有しているような綺麗な物ではありません) 。次に、時計を一日置き、オートマチック機能が正常に起動しているか確かめます。そこで確認することは、時計はどれくらいの期間動き続けるか?1度だけではなく、23度繰り返し確認し、全て異常がないかを確かめます。よって、全てのテスト工程には、約1.5週間までの時間がかかります。

ヴィンテージモデルのオーバーホール

すでに述べたように、準備に関してだけではなく、スペアパーツにもいくつか大きな違いが存在します。スペアパーツなどは、新しいモデルの物は比較的簡単に入手できますが、ヴィンテージモデルの場合は非常に難しいことがあります。このため、ヴィンテージ時計を愛する人にとって、スペアパーツを提供するディーラー等のネットワークの中に豊富な時計職人がいることはとても重要です。

だからと言って、ヴィンテージモデルのオーバーホールは通常のものより値段が高くなるということではありません。原則としては、時計職人にオーバーホールを依頼する方が、時計メーカーに直接依頼するより安いのです。40年や45年以上前のロレックス時計は、ドイツのロレックス社ではメンテナンスサービスはもう行っていません。オーバーホールや修理はスイスで行われ、値段は何百万円にもなることもあります。

Rolex Revision Kosten

オーバーホールについて他にも知っておくべき事

とても手の込んだオーバーホールは、幅広いテスト段階が含まれます。その場合には、3週間から4週間の期間でオーバーホールが行われることがあります。さらに特別なパーツなど発注する必要がある場合は、もっとかかります。値段は、モデルや時計職人によって変わりますが、「普通」の手巻き式時計の相場は約2万円と言えます。基本的には、事前に見積りを依頼することをお勧めします。見積書は通常無料でもらえ、時計職人が見積りの内容について一つ一つ説明してくれます。

完璧なオーバーホールが行われたかどうかは、非常に単純な方法で確かめられます。それは、時計はちゃんと起動し、調整もされており (機構により、日差0〜10秒程度) 、損傷がないこと。そして私個人的に一番大切なのは、お客様にとても良い気持ちで時計を家まで持って帰っていただくことです。

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