多くの時計コレクターにとって、「どのムーブメントが使用されているか」という点は、購入の決め手となる重要なポイントである。時計が自動巻き、あるいは手巻きの機械式ムーブメントによって駆動されているかというだけでなく、時には特定のムーブメントの種類が時計を買う重要な点となることもある (それについては後ほど詳しく述べたい)。それどころか、時計の見た目やデザインよりも、ケース内に収まっている機構の方が大切と思われることさえある。
この記事では、いくつかの有名な時計ムーブメントとムーブメント製造メーカーを取り上げてみた。ご存じの通り、すべての時計ブランドが自社内でムーブメントを製造・開発しているわけではない。ブライトリング、タグ ホイヤー、IWCなどの大手ブランドでさえ、外部から受注したムーブメントに頼っているのだ。その昔、パテック フィリップのクロノグラフにレマニアムーブメントが使用されていたのはご存じだろうか?また、ロレックス デイトナも2000年までゼニス エルプリメロベースの機構で駆動されていたのだ。
過去20年に渡ってこの風潮は多少変わってきた。多くのブランドが、再び自社内でムーブメントの開発をし始めたのだ。しかし、すべてのモデルに自社製ムーブメントが使用されているわけではない (スピードマスター プロフェッショナルはレマニアの手巻きムーブメントを、IWCポルトギーゼ クロノグラフはバルジュー7750を使用している)。また、汎用ムーブメントを改造し、使用前に仕上げを施してブランドの自社製ムーブメントとすることもある。それでは、汎用ムーブメントに改造を施したものから自社で開発したもの、さらにはメーカー同士がコラボで開発したものなど、以下で有名ムーブメントについて掘り下げてみる。
ETA/バルジュー7750
バルジュー7750は、世界で最も有名なクロノグラフムーブメントのひとつ。ETA社 (スウォッチグループ) が製造するこのムーブメントは世界に広がっており、クロノグラフを駆動する信頼の置ける定番の機構である。このクロノグラフ機能はコラムホイール式ではなくカム式で制御されている。クロノグラフムーブメントの設計、開発、製造には膨大な時間と経費がかかるため、十分な財力と生産力を持ち合わすブランドでなければ時計の価格を良心的にとどめるのは不可能だ (例えばオメガ)。それができないブランドの選択肢として、バルジュー7750があるのだ。
この機構はすでに何十年も前から市場に供給されており、すでに述べたように、IWCポルトギーゼ クロノグラフやその他のブランドの様々なモデルに使用されている。このキャリバーは比較的安価で25万円以下の価格帯の時計にも多く使用されている。しかし、そのような場合ムーブメント、ケース、文字盤、針などの仕上げやディテールの質が多少落ちる。また、ETAはGMT機能を持つ3針ムーブメントも製造しており、スウォッチグループの内外の幅広いブランドに使用されている。
レマニア
レマニアのクロノグラフムーブメントを搭載した最も有名な時計と言えば、オメガ スピードマスター プロフェッショナル「ムーンウォッチ」だろう。1957年の発売当時の元祖モデルにはレマニアムーブメントが搭載されていたが、それ以降、様々な異なるモデルにも同社の機構が使用されてきた。スピードマスターに採用されたのは、レマニアCal.2310ベースのコラムホイール式機構、オメガ Cal.321であった。そして、その後レマニア1871に置き換えられた (オメガ Cal.861)。パテック フィリップも数年前までレマニアのクロノグラフムーブメントを採用していた。例えば、パテック フィリップのCH27-70ムーブメントは、レマニア2310ベースである。もちろん、仕上げに関してはオメガのCal.321よりもずっと高級感がある。
レマニアのその他の有名なムーブメントと言えば、長年バルジュー7750と競ったレマニア5100も忘れてはいけない。このムーブメントにはナイロンと樹脂製のパーツが使用されており、それによって摩耗を防ぎ製造コストを抑えることに成功している。そして、これはクロノグラフ愛好家に非常に人気のあるムーブメントでもある。
エル・プリメロ
1969年に開発されたゼニス エル・プリメロは、世界初自動巻きクロノグラフムーブメントの座を、クロノマチック (ホイヤー、ブライトリング、ハミルトン・ビューレン、デュボア・デプラによる共同事業) そしてセイコー (Cal.6139) とともに争った。ゼニス エル・プリメロは現在においても、スイスにあるル・ロックルの町で製造され続けている。このムーブメントは、基本的に初代エル・プリメロ クロノグラフムーブメントと同じであり、ほとんどの部品には互換性があると思われる。古いエル・プリメロ ムーブメントの所有者にとって、これは非常に素晴らしいことだ。なぜなら、これはゼニスにおいて比較的手頃な価格でメンテナンスできることを意味するからだ。しかし、エル・プリメロ ムーブメントを特別にしている理由は、世界初の自動巻きクロノグラフであるということだけではない。エル・プリメロは毎時3万6000回という、非常に高い振動数 (ハイビートムーブメント) を誇っている。
このムーブメントは他社の時計にも使用されており、それは現在でも続いている。その中で最も有名なのはロレックス デイトナだろう。1988年~2000年にかけて、ロレックスはエル・プリメロの改良バージョンを使用していた。また、エベル、モバード、タグ・ホイヤーなどのブランドもエル・プリメロを使用していた。
ジャガー・ルクルト Cal.920
ジャガー・ルクルトは真のマニュファクチュールである。この時計ブランドは、数多くの自社製キャリバーをスイスのル・サンティエにある工房内で製造している。ジャガーが共同開発および製造しながらも、自社の時計には一度も導入しなかったムーブメントがある。それは、ジャガー・ルクルト Cal.920だ。パテック・フィリップは、このムーブメントを1976年に発売した初代ノーチラス3700/1Aに使用し、また1972年に登場したオリジナル ロイヤルオーク Ref.5402STやその他の最高級時計モデルにも採用した。
現在、このムーブメントを製造している会社は1つしかない。それはオーデマ・ピゲである。オーデマ・ピゲは今でもこのムーブメントをロイヤルオーク エクストラシンや数種類のクラシックウォッチに使用しており、さらにはいくつかの非常に複雑な時計のベースムーブメントにもなっている。また、ヴァシュロン・コンスタンタンなどの他ブランドにも供給している (オーデマ・ピゲはそれをCal.2121と呼んでいる)。このムーブメントの特別な点は、ローターにレールシステムを採用することで3.05mmという非常に薄いケース厚を実現していることだ。
IWC Cal.5000
この記事の中で、IWCがバルジュー7750を IWC Cal.79350として使用していることについてはすでに触れたが、IWCは自社製ムーブメントも開発している。その中で最も有名なのはCal.5000だ。
IWCはこのムーブメントを2000年に発表した。それは、1970年代以来初の大量生産向け自社開発ムーブメントであった。これは、大きな直径 (IWCの懐中時計ムーブメントをベースとしているため)、有名な手巻き式のCal.89から採用した脱進機、ペラトン式機構など、過去の伝統から影響を受けた非常に大型なムーブメントである。IWC Cal.5000 (現在はキャリバー50000シリーズと呼ばれる) は基本的に、懐中時計ムーブメントを腕時計用に高度に最適化した、自動巻きムーブメントである。このムーブメントは、現在パイロットウォッチやポルトギーゼなどのIWC時計シリーズや、最近ではいくつかのインヂュニアシリーズにも使用されている。