皆様がお持ちの機械式時計が、強い衝撃を受けたわけでもなく、損傷も見当たらないのに突然狂い始め、通常よりも速く進んでいると感じたことはないだろうか?それもオーバーホールを受けたばかり、あるいはそれどころか新品なのに。インターネットで原因を調べると、ほぼ確実に磁気帯びの可能性が示唆されることだろう。時計が磁気帯びする可能性は非常に高いため、多くの時計は優れた、あるいは完全な耐磁性を備えており、「耐磁時計」と称して販売されている。しかし、この「耐磁性」とは何なのだろうか?

磁気
子供なら誰でも磁石がどういうものか知っている。磁石は特定の素材でできた物体を引き寄せたり、反発させたりする。玩具の中にはこの特性を生かしたものもある。学校では、磁石が周囲に磁場を作り出し、特定の物質と相互作用する現象を「磁気」と呼ぶことを学ぶはずだ。磁気にはさまざまな種類があるが、時計に関するものでは反磁性、常磁性、強磁性が特に重要だ。亜鉛や銅などの反磁性体は、外部の磁場にさらされると磁場に反発するが、常磁性体と強磁性体は両方とも磁場に引き寄せられる。常磁性と強磁性の大きな違いは、簡単にいえば、常磁性体では磁場の影響が比較的弱く、強磁性体とは違って外部磁場を取り去れば磁気が永久に残ることはない。このような磁場の影響こそが、時計にとっては問題なのだ。

磁気帯びの仕組みを説明すると次のようになる。強磁性体は通常、つまり磁気を帯びていない状態では、それぞれ違う磁化方向を持つたくさんの領域(磁区)が無秩序に並んでいる状態にある。これらの磁区はナノメートル単位の極めて小さな領域で、様々な方向を向いて打ち消し合い、全体として磁気を帯びていないように見える。しかし、このような物質またはこのような物質を成分とする部品が磁石とその磁場に接触すると状況が変わり、無秩序に(ランダム)に並んでいた磁区はこの磁場の方向に整列し、磁石とその磁場が遠ざかってもその状態を維持する。その結果、この部品は磁気を帯び、磁石となり、磁場によって他の部品にも影響を及ぼすことになる。
どのような時に時計は磁気を帯びるのか?磁気を帯びるとどうなるのか?
時計の部品が磁気を帯びるのは、磁場にさらされた時だ。磁場はバッグや財布、道具を閉じるために使用される磁石だけでなく、電子機器の電磁場からも発生する可能性がある。電子機器は我々の日常生活ではますます数が増えているが、実際に時計に及ぼす影響は、機器の種類や時計との距離によって違う。

磁場の発生源が何であれ、時計は一度磁場にさらされると、その後永久に磁気を帯び続ける可能性がある。時計にはさまざまな強磁性の(通常は鉄を含む)部品が含まれているが、磁気帯びによる影響を受けるのは主に時計の心臓部である脱進機のヒゲゼンマイだ。昔はヒゲゼンマイは鋼鉄で作られていたため、温度に敏感なだけでなく、磁気の影響を受けやすかったが、1919年にニヴァロックスなどの温度に影響されない材料が発明されたことで、温度の問題だけでなく、磁場の影響も大幅に軽減された。ニヴァロックスや類似のヒゲゼンマイ用合金はほぼ非磁性であり、そう称するだけの基準を満たしてはいるが、それでも完全に非磁性というわけではない。ヒゲゼンマイが磁気を帯びると、その影響でヒゲゼンマイが正常に振動できなくなり、時計の精度にも影響する。極端な場合にはゼンマイのコイル同士が接着されたかのようにくっついてしまうこともあり、その結果磁気帯びの典型的な症状が現れ、1日に数分ずつ進んでしまうことになる。磁気帯びによって時計が遲れることもあるが、その場合は他の原因も考える必要がある。
時計の磁気帯びを防ぐには?
時計の磁気帯びを防ぐ対策には、メーカー側ができることとユーザー側ができることがある。ユーザー側ができる一番簡単なことは、仕事や日常などいかなる環境でも時計の精度を損なう磁気帯びを起こさないくらい耐磁性に優れた時計を持つことだ。お持ちの時計の耐磁性がそれほど高くない場合は、強い磁気にさらされた時に磁気帯びする可能性が高い。突然時計が狂い出した場合、まずは磁気帯びしていないかどうか確認することをお勧めする。幸いなことに時計職人だけでなく、普段は電池やベルトの交換など単純なサービスを行う時計修理業者でも、簡単な機器を使って調べることができる。非常にシンプルな構造の機器であれば、家庭用に手頃な価格で販売もされている。使い方はごく簡単で、通常は時計を機器の上に置き、ボタンを押してからゆっくりと時計を遠ざけるだけだ。こうすることで、磁区が無秩序にさまざまな磁化方向を向いて並んでいる状態に戻り、全体としては磁気を帯びていないように見える状態になる。

時計メーカーには、時計を(ほぼ完全に)耐磁時計にするための方法が主に二つある。まず一つは、ムーブメントをいわゆる軟鉄ケースに収納することだ。軟鉄はいわゆる軟磁性を持ち、磁気が残留する割合が大変小さく、外部磁場が取り除かれた後に磁化が持続することはない。ムーブメントを覆うケースとして軟鉄製のケースを使用する方法は歴史的にも有効性が証明されているが、ケースの厚みが増し、透明な裏蓋(シースルーケースバック)が使用できないという欠点がある。最近の時計ではヒゲゼンマイに非磁性の高い素材を使用することで、磁気の問題を解決しているものが多い。たとえばシリコンや、ニオブとジルコニウムを使用したロレックス社製のパラクロム合金などだ。
人気の耐磁時計3選
1. シーマスター アクアテラ > 1万5000ガウス
2013年、オメガはシーマスター アクアテラに世界初の「完全」な耐磁時計と謳って、あまり覚えやすくないリファレンスナンバーの231.10.42.21.01.002を発表した。ガウスは磁束密度の単位であり、本モデルないしはキャリバー 8508は1万5000ガウスまでの磁場に耐えられることが証明されており、METASの試験でも確認されている。こうした高い耐磁性能は、シリコン製のヒゲゼンマイを採用していることによる。オメガは現在に至るまで一貫してシリコン素材を用いている。
2. ロレックス ミルガウス
2023年に生産終了となったロレックス ミルガウスは、その名に磁束密度の単位である「ガウス」を冠した時計である。1950年代に登場した初代モデルでは、軟鉄製のインナーケースを用いたクラシックな耐磁構造を採用していた。2007年に再登場した際には、非常に耐磁性の高いロレックス製パラクロムヒゲゼンマイも追加装備された。
3. IWC インヂュニア・オートマティック 40
IWC インヂュニアの現行モデルであるインヂュニア・オートマティック 40は、1950年代と同様に、実績のある軟鉄製インナーケース構造を採用している。そのため、ロレックスとは違い、IWCは通常ガラス製の裏蓋を好んで採用するのだが、本モデルでは使用していない。