多くの人がスマートフォンで時間を確認する中、時計ファンは今でも機械式時計で時間を確認することを好む。その際、時計を見ても時間がすぐに分からないことも珍しくない。それは、ただその美しい時計を眺めることが目的であり、時間は二の次だからだ。高級時計は機能性だけでなく、デザインでも人々を魅了する。特に文字盤は、そのデザインの重要な要素だ。あなたが持っている時計の文字盤のデザインや名称、さらにはその種類について考えたことはあるだろうか?自分に似合う一本を見つけるために、その違いを知っておくことが大切だ。
目次
そもそも文字盤とは?
簡単に言えば、文字盤は時計の時刻を表示するための目に見える要素であり、モデルによってはその他の情報も表示している。しかし少し見方を変えれば、文字盤は時計を特徴づける顔とも言えるものであり、時計全体を構成する中心的な存在であり、見た目の印象を決めるものだと捉えることができる。そのため、高級時計ブランドは、モデルにユニークで魅力的な外観を持たせるために、文字盤のディテールを非常に重視している。そして多くの場合で出来上がった文字盤はサファイアクリスタルなどの風防で保護されている。
文字盤のパーツ
アワーマーカー:アワーマーカーは文字盤の印象を左右する重要な要素だ。ロレックス サブマリーナに見られるようなドットインデックス、オメガ プラネットオーシャンなどのバーインデックス、カルティエ サントスなどに見られるローマ数字インデックスが特に有名だ。パイロットウォッチの場合だと、インデックスにアラビア数字が採用されている。また、インデックスには文字盤上に設置されたアプライドタイプと直接印刷されたプリントタイプがある。
ミニッツマーカー:多くの文字盤には、分目盛りがある。これはアワーインデックスの外側または間に位置し、その多くはシンプルなダッシュの形をしている。また、ほとんどの場合、ミニッツマーカーは文字盤に印字されている。
インダイヤル:クロノグラフやその他の複雑機構を備えた時計は、文字盤にインダイヤルや複雑機構を表示する窓が設置され、ストップウォッチ機能による計測結果やムーンフェイズ、日付、曜日などといった情報が表示される。
コンプリケーションについて詳しくはこちらの記事をご覧ください。

ロゴやブランド名:ほとんどの文字盤には、時計メーカーのロゴやブランド名が表記されている。これは、高級時計において特に重要になる。もし、ロレックスやパテック フィリップの名前が文字盤になければ、その時計を着用したいと思うだろうか?ブランド名の表記がない時計はそれでも価値があると言えるだろうか?
素材や装飾:特に凝ったデザインの文字盤は、ギョーシェ模様、精緻なエングレービング、マザーオブパールや宝石など、さまざまな装飾が施され、さらに高級感にあふれている。また、隕石から作られた文字盤もある。

針:針も時計の個性に大きな役割を果たす。スポーティーな時計には、多くの場合バトン針、ペンシル針、メルセデス針が採用される。エレガントな時計の針には、ブレゲ針、リーフ針、コブラ針などがある。
1つの時計に文字盤がいくつもある理由
積算計や複雑機構の表示といったインダイヤルをいくつも持つ時計は、時刻表示の他にも別のさまざまな情報を表示することができる。インダイヤルはデザイン要素として見た目の印象を変え、時計の特徴となるものである。また、1つの時計が複数の文字盤を持つのは以下のような理由がある:
- 追加機能:人気のクロノグラフには、2つのインダイヤルを備えたいわゆるバイコンパックスデザインや、3つのインダイヤルを備えたもの(トリコンパックス)がある。なかでも、パンダダイヤルを備えたクロノグラフは、特に注目されている。また、日付と曜日は、レトログラード表示を備えた時計の場合など、追加ダイヤルで表示される場合もある。その場合、各機能が個々のダイヤルに表示される。他にも人気の複雑機構にはムーンフェイズがあり、文字盤上に別の窓で表示され、スモールセコンドや日付表示と一緒に表示されるものが多い。
- 複雑なムーブメント:インダイヤルではなく、メインの文字盤を2つ以上持つ時計もある。有名なのは、反転式のケースを持つジャガー・ルクルト レベルソ デュオフェイスだ。この時計は、ケースを回転させると、それぞれ両面に時、分、秒を表示する文字盤がある。
- 伝統と職人技:伝統的な時計職人の多くはインダイヤルにその技と技術を披露している。限られたスペースに機械式時計の複雑な技術を表現するということは、技術ある時計職人にとって常に挑戦である。そういった点において、ジャガー・ルクルトは抜きんでた存在であり、レベルソ ハイブリス メカニカ キャリバー185は、4つの文字盤と11もの複雑機構を搭載している。

文字盤の種類と仕上げについて
ギョーシェ彫刻
ギョーシェ彫刻は、時計作りにおいてよく使われている技法であり、文字盤に深みを与えるだけでなく、文字盤デザインの芸術性の高さを強調している。その技法は、規則的なパターンや、規則正しく分布した線や点などが重なり合ったときに生じるモアレ効果を持つ模様を文字盤に彫り込むというものだ。最も伝統的なギョーシェ彫刻は手動旋盤で行われる。文字盤を回転させながら先端の尖った工具を用いて軽い圧力で細い線を彫ることで、タペストリーと呼ばれる模様が生み出される。
ギョーシェ彫刻を施した文字盤は、機械式または手作業の二種類の方法で作られる。有名なオーデマ ピゲ ロイヤル オーク グランドタペストリーの模様を例に見てみよう。この模様は、旋盤と直線を生み出す機械を使って手作業で彫刻されており、円形と直線的なストロークの共演により美しい模様を持つ文字盤が生み出されている。一方、機械によるギョーシェ彫刻は、ギョーシェ職人の監督の下で行われる自動化された工程である。

これらの工程はともに高度な技術、芸術性、忍耐力、集中力、そしてもちろん専門知識を必要とする。またこれだけはでなくギョーシェ彫刻には他にも、クル・ド・パリ、バーリーコーン、ヴュー・パニエ、サンバーストなど、さまざまなモチーフがある。
琺瑯(エナメル)ダイヤル
エナメルは、ギョーシェ彫刻と同様に世界で最も美しい文字盤を作るために時計製造で使用される技術の1つであり、高度な技術力を必要とする。しかし、どのような技術があるのだろうか?
エナメルとは、いわゆる溶融ガラスで、ケイ酸、酸化鉛、ソーダから構成されている。他の物質と混ぜ合わせることで、エナメルは繊細で神秘的な、深く光り輝く色合いになる。エナメルの着色に使われる物質には、鉄、クロム、ヨウ素があり、それぞれグレー、緑、赤の色合いを作り出す。エナメルは800~1200℃に加熱されると液状になって金属に付着し、文字盤には羽ペンで塗色される。その際、適切な深みを出すために少しずつ塗布され、目的の色合いに近づける。
エナメルの配合は1つとは限らないため、そこから芸術性が生まれる。エナメル工芸家は、ケイ酸と金属酸化物の混合比を変更することにより、無限のカラーパレットを作り出すことができる。装飾芸術であるエナメル加工は、すべてが手作業であり、高度な技術と忍耐が要求される。エナメルの難しさは、コントロールができないことにある。製造中に亀裂や気泡の発生が起こってしまう可能性があることから、小さな穴が残ったり、本来出したかった色合いが変わってしまったりすることがある。

すべてのエナメル加工には、技術と精度が要求される。オートオルロジュリーにおいて最も一般的なエナメルの種類には、グラン・フー、クロワゾネ(有線七宝)、そしてシャンルベがある。グラン・フーとは、通常職人が文字盤に酸化物を何層も塗り重ね、何度も繰り返し焼成することによりモチーフや色彩を次第に浮かび上がらせる特別な工程を指す。こうして完成した文字盤は、変色しにくいという特徴があるため、時間が経ってもその美しさは色褪せない。
クロワゾネ(有線七宝)はエナメル加工の技法で、文字盤に金線や細い七宝でデザインの輪郭を描き、模様を作り出す。この輪郭は完成後も目で確認できるもので、色違いのエナメルや模様の境界線となっている。クロワゾネの工程では、エナメルの粉末をペースト状に加工し、これを窯で焼成する。
シャンルベは、金属を彫刻刀などの工具で削り取り、これにより発生したくぼみにエナメルを流し込むという工程である。流し込まれたエナメルは焼成され、冷却後に研磨される。
スケルトン仕様の文字盤
スケルトン仕様の文字盤は、内部のムーブメントが目に見える文字盤を指す。これを可能にするために、文字盤の一部をに穴をあけたり、切り取ったりする。
多くの場合、スケルトン仕様の文字盤にはムーブメントの見た目と美しさをさらに強調するために装飾やエングレービングが施されている。製造工程はいくつかの段階を経て行われる。まずはデザイナーが作業に取り掛かり、文字盤の見た目を決定する。また、この工程でデザイナーは文字盤のどの部分に穴を開けてムーブメントの動きを眺められるようにするかも決定する。次のステップでは、金属製、あるいはその他の素材からなる文字盤の加工で、デザイナーがあらかじめ指定した部分を切り取ったり、穴を開けたりする。これを機械、または手作業で行うかは、各メーカーとモデルによって異なる。
ムーブメントが見せるための場所を作った後は、精巧な仕上げで装飾を施していく。ディテールは手作業、または精密工具を使っても作り出すことも可能だ。文字盤の装飾が完了した後は、表面の加工を行う。希望する仕上がりに応じて、文字盤は研磨またはサテン加工され、必要な表面の質感とツヤを実現していく。次に、時計職人はムーブメントをケースに取り付け、スケルトン仕様の文字盤をムーブメントに取り付ける。針を配置し、インデックスを付けると、時計全体が組み立てられる。

時計に個性を与える文字盤デザイン。今回はその興味深く美しい技術をいくつか紹介した。時計の部品についてもっと知りたい場合、以下の記事もぜひ読んでみてほしい。