2022年02月15日
 8 分

驚異的なソヌリ: 完璧な音を奏でる3本の時計

Tim Breining
Audemars Piguet Salmon-2_1

2021年の年末に、パテック フィリップは「アドバンストリサーチ」の称号を持つことが許された数少ない時計のひとつを発表し、時計界に再び栄誉をもたらした。パテック フィリップ・アドバンストリサーチ 5750は、同社の革新的な技術を大胆に呈示する、ごく少数のみ限定生産された、最新技術の時計だ。このシリーズでこれまでに5つのモデルが発表されているが、最初の4つはすべて、脱進機部品の素材と形状の最適化に取り組んだものだ。アドバンストリサーチの5番目のモデル「アクアノート・トラベルタイム 5650」は、それとは全く別の探求をしている。このモデルでパテック フィリップは、タイムゾーン設定に必要なたくさんの構成部品を、たったひとつのフレキシブル機構に統合し、文字盤側から見せる設計をしている。 

パテック フィリップのトップクラスの技術革新を実現した最新の時計は、完璧な音を追求している。しかし、素晴らしいソヌリを提供できるのは、なにもパテック フィリップだけではない。本稿では、そのメカニズムを説明し、他にも完璧なサウンドを奏でる時計を2本ご紹介したい。 

マイスタークラスのソヌリ: 完璧な響き 

まずはやはり、パテックの時計から見ていこう。2021年末に発表されたパテック フィリップ・アドバンストリサーチ 5750は、アドバンストリサーチ・シリーズの6番目。15本の限定生産で、ソヌリに特化したモデルだ。フィリップ・デュフォーがミニッツリピーターを備えたプチ&グランソヌリ機能を初めて腕時計に搭載した「グラン ソヌリ」以来、この分野では色々な試みがあった。 

資金力も時計愛もある対象顧客層の注目を集めるために、革新的、あるいは純粋に好奇心をそそるソヌリを搭載した時計が登場した。競合他社との差別化を図るためには、音質を工夫したり、できるだけ音量を大きくしたり、あるいは、このタイプの時計は伝統的には繊細なものだが、堅牢で防水性の高い構造にデザインするといったことが考えられる。パテック フィリップの技術者たちは、ミニッツリピーター Ref.5750で、これらの課題に取り組んだ。つまり、純粋に機械的な手段で、音の特徴を歪めずに、より大きな音量を実現することだ。 

5750のソヌリが特別な理由

ソヌリ機構かミニッツリピーター機構かに関わらず、ソヌリを搭載したムーブメントをもつ時計には、ゴングを叩くハンマーがひとつまたは複数搭載されている。伝統的なデザインでは、ゴングはムーブメントに取り付けられている。手間をかけて調整されたゴングの振動によって音が鳴るのだが、ゴングはムーブメントに取り付けられているので、間接的にケースに取り付けられており、それが問題になることが多い。というのも、ケース全体も振動するため、素材によっては音を弱めることになり、音響的に配慮が必要だからだ。パテック フィリップでは、ケースの影響を極力排除することにした。この問題を解決したのが「フォルティッシモ ff モジュール」だ。名前で分かるように、ソヌリの音量が改善され音の響きが大きくなっている。  

この特別な時計のモジュールを構成する最大の部品は、一見しただけでは分からない。それは時計の裏側の、ムーブメントとガラス製裏蓋の間に、ある程度の距離をおいて浮かんでいるように見える、極く薄く透明なサファイアガラスのディスクだ。ディスクの中央部のみが音叉型の部品に取り付けられており、その部品はまた、ハンマーの近くにネジ止めされている。パテック フィリップ・アドバンストリサーチ 5750では、この部品にゴングが取り付けられている。つまり、通常のソヌリのデザインと比べて、ケースとの接触が間接的になっている。そのため、ハンマーでゴングを振動させると、ほぼ音叉型の部品のみに伝わり、サファイアガラスのディスクを振動させる。これがスピーカーのメンブレン (振動膜) のような役割を果たし、パテックが望むクリアで大きな音を生み出している。  

上述の構造の原理は、2021年に取得された特許の引用で理解できる。メンブレンは図面上、下にある部品が見えるようにあいている。ゴング (14) が部品 (20) に取り付けられていることと、メンブレンが部品の自由端に取り付けられていることがよく分かる。ゴングを叩くハンマー (12) も同様だ。ただ、音叉に似た形はここでは隠れていて見えない。 

Benoist et al, CH716753A2
Benoist et al, CH716753A2

これで音は、可能な限り何にも邪魔されずに外に出ていくことができるはずだ。まずポリマーリングが時計のケースをソヌリから隔離し、チタンリングの4つの開口部によって音が12時、3時、6時、9時の位置からケースの外に出て行くようになっている。その際、小さな膜が埃や湿気の侵入を防いでいる。そのため、この時計は防水とはいえないが、ソヌリを搭載した時計ではそれは珍しいことではない。  

パテック フィリップは、一般的にはソヌリを搭載した時計のケースに使用するのは難しいとされている高密度のプラチナを、ケースとハンマーに使用している。しかし、特許取得のフォルティッシモ・モジュールを採用して、ケースとゴングを切り離すことで、ケース素材による音響的な影響がほぼ回避されている。だからこそ、安心してプラチナを使用でき、理論が設計に生かされていることを示している。ハンマーも、大きな音を出すにはスチール製が一般的だが、サファイアディスクによって音が増幅されるためプラチナを採用し、よりソフトで心地よい音が出せるようになっている。 

パテック フィリップ アドバンストリサーチ 5750は、4つの特許を取得しているが、ソヌリの音質を綺麗に、あるいは音量を大きくするための多くのアプローチのうちのひとつにすぎない。この課題をどうしたら解決できるかは、時計作りのライバルたちの開発部が過去に発表した数々の業績を見ればわかる。 

ショパール フル ストライク: ゴングと時計ガラスを一体化

ショパール フル ストライクとパテック フィリップの5750に共通しているのは、プラチナ製のケース、そして技術的なイノベーションだ。ショパールはこの ”チャイムウォッチ” において、3件の特許を取得している。しかし、ショパールはパテックとは違い、フル ストライクで、ゴングをケースから切り離してケースの開口部から外に音を出して響かせるということはしていない。 

フル ストライクでは、ゴングと前面の時計ガラスが、一体化したひとつのサファイアガラス製部品になっている。ハンマーがゴングを叩くと、音の響きは時計のガラスを介して前方に広がる。このデザインだと、ケースによって邪魔されたり、音が弱くなったりする影響もわずかなものに抑えられているようだ。ホワイトゴールドとローズゴールドのケースで初期モデルを発表した後、最終的にプラチナのケースで最新モデルを発表したことは、ショバールがこの構造に全幅の信頼を寄せていることを示している。  

オーデマ ピゲ スーパーソヌリ

オーデマ ピゲのスーパーソヌリを抜きにして、ソヌリを搭載した特別な時計について語ることはできない。2016年の最新技術を搭載した、APのロイヤルオーク コンセプト スーパーソヌリの特徴的なケースが記憶に残っている人もいるだろう。通常コレクションとしては、ジュール オーデマ・コレクション (ロイヤルオークの影に隠れたニッチな存在で細々続いている) や、賛否両論のCODE 11.59のラインに採用された。オーデマ ピゲは2019年になってやっと、おなじみのタペストリー文字盤を持ち、豪華なデザイン要素を排除したロイヤルオークの限定シリーズに、スーパーソヌリの恩恵を授けた。このコンセプト・ウォッチと、コレクションでの後継機がどんなに異なっていたとしても、採用しているケース構造と音を出す原理は共通している。 

オーデマ ピゲは音を響かせるのに時計のケースを利用している
オーデマ ピゲは音を響かせるのに時計のケースを利用している

オーデマ ピゲ社内の技術革新・エンジニアリング部門である「ルノー エ パピ」が、この特別なチャイムウォッチのコンセプトの責任者だ。ルノー エ パピは、IWCのミニッツリピーターやリシャールミルのムーブメントなど、外部からの依頼も数多く手がけていた。また、スーパーソヌリの開発ではスイス連邦工科大学ローザンヌ校 (EPFL) と協力している。目指したのは、クリアで高音質な音の再生だけでなく、音量の高さと防水性を同時に実現することだ。この2つの特性を両立させることは、ソヌリを搭載した時計にとっては大きなチャレンジだ。 

スーパーソヌリの技術的な解決法は、パテックの5750モデルのそれと、ある特定の点では似通っている。スーパーソヌリでもゴングはムーブメントやケースに直接取り付けられているのではなく、プレート(ここでは「スピーカーメンブレン」の役割を果たしている)に取り付けられており、このプレートによって音が、共鳴室が設けられたケースバックを経由して開口部から放出される。パテックの5750モデルとは違い、これらの開口部があっても20mの防水性が確保されている。メンブレンの下にあるシーリングリングが、ゴングを含む機構部をケースバックの開口部から完全に隔離しているためだ。この開口部が水の侵入を許したとしても、深刻な場合でも、開口部とメンブレンの間の中空部分に水が入るだけで、ケースの内部にまでは至らない。 


記者紹介

Tim Breining

2014年に工学部の学生であった際に、時計への興味を見いだしました。初めはちょっと興味があった時計というテーマは、徐々に情熱に変わっていきました。Chrono24 …

記者紹介

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