2021年09月10日
 13 分

高級時計とサステナビリティ – その可能性と矛盾

Tim Breining
Jacques Lemans Eco Power Solar Watch-2-1

高級時計とサステイナビリティに関する記事の執筆を依頼された際、私はこのテーマを批判的にとらえても良いことを条件に承諾した。さまざまなブランドへの賛辞や無料の宣伝ではなく、なるべく公平で客観的にこのテーマを見ていきたいと思う。これを成功させるには、時計愛好家の評価だけでは不十分だ。むしろ、そもそも「ラグジュアリー」と呼ばれる商品の中で、サステナビリティとは何かを議論する必要がある。その後、私たちの好きなテーマに戻って、ブランドがどのようにしてサステナビリティを提唱、あるいはサステナビリティを利用して利益を得ているのかを明らかにすることができる。

サステナビリティ: 日用品と高級品の比較

サステイナビリティは、よく知られていることから誰もが口にする言葉だ。この問題に取り組まない、あるいは取り組んでいるように見せかける余裕のある産業分野はほとんどない。消費者としても、この話題から逃れることはできない。日常生活における一番わかりやすい例は、スーパーマーケットである。確立されたオーガニックラベルに加えて、数えきれないほど多くのラベルや、持続可能性を全面的に打ち出したラベルがカートンに貼られ、良心的で裕福な顧客を獲得している。購入するたびに、より持続可能な、または持続可能性を高めるべきである経済に貢献することができるようだ。また、すべてのレシートは、特定の製品、その製品を製造している企業、そしてエコロジーやエシカル消費の枠組みの条件に対する賛否を問う投票用紙のようにもなっている。

日常的または定期的に使用する商品であれば、より持続可能な生産を行うことに意味があると私たちは本能的に感じているものだ。数十年前とは異なり、ファストファッション業界の不安定な労働条件やそれに伴う膨大な環境汚染、工業的畜産の状況など、私たちは消費に対してますます敏感になっている。

持続可能性に関する議論において、高級時計はほとんど役割を果たしていなかった。

高級品の場合、この傾向はだいぶ遅れており、時には全く現れていない。一般の人にとって贅沢とは、必ずしも安くはないので、毎日自分にご褒美として購入できることはないものだ。高級品を購入する際には、その代価として、その店でしか手に入らない特別な限定品や希少で高価な素材、精巧な手作りの製品、高貴なパッケージによる魅力的なプレゼンテーション、そしておそらく光沢で輝く店舗でのショッピング体験などを得られるのだ。気候変動に配慮した生産やリサイクル素材の使用といった問題は、購入者が最初に頭に思い浮かべるものではない。逆に、希少な素材を惜しみなく使用することは、ラグジュアリー業界では欠点ではなく品質の証明になるのだ。

ラグジュアリーとサステナビリティは、一見相反しているように見える。それは、ラグジュアリーは必ずしも必要ではない贅沢であるからだ。しかし、最も持続可能な買い物は、常に「買わない」ことである。食品や衣類では難しいことだが、高級品となると現実的な選択肢となる。サステナビリティに関心があっても、あまり贅沢はしたくないというバイヤーは、サステナブルな贅沢は可能なのか、そして可能だとしたら、どのようなものなのかという問題を問いかけることとなる。

サステイナビリティには、持続可能な資源利用や気候保護など、注目されているトピック以外にもさまざまな観点がある。たとえば、国連は2030年の目標として17の異なる観点を挙げている。時計ブランドはそれぞれ独自のアプローチで、さまざまな側面から問題に取り組んでいる。この記事では、これらのコンセプトのいくつかを詳しく見て、業界における事例を紹介していく。より分かりやすく説明するために、いくつかのカテゴリーを定義し、それぞれのカテゴリーに特定のメーカーを例として挙げてみた。

持続可能性を高めるためのアプローチ – ブランドは何を行っているのか?

ソーラーなどの要素は、時計に「グリーン」なイメージを与える。

直接的なアプローチ: 原材料、エネルギー、生産条件

製品をより持続可能なものにするためのおそらく最も明瞭なアプローチは、資源の消費を排除または最小限に抑えることである。原材料を完全に排除することはできないが、排除できない、または排除したくない原材料については、従来の基準に比べてよりサステイナブルなものを使用するという選択肢がある。ここでは、採掘や加工による環境への影響や、原材料のリサイクル率などが関係してくるが、労働条件などのエシカルな問題も関係している。

リサイクル

少なくともリサイクルは、業界の多くのブランドですでに行われている。ここでは、時計自体の典型的な素材についてはあまり触れず (スチールは一般的にリサイクル率が高いが、そのリサイクルは非常にエネルギー集約的でもある)、主にアクセサリーやパッケージ素材について触れていく。例えば、リサイクル素材を使用したブレスレットやボックスを提供しているブランドを挙げると非常に長くなる。

IWCでは、紙製のブレスレット、アルピナやブライトリングではゴミから作られたとんでもないリサイクルプラスチックだけでなく、海に残された漁網のプラスチックも使用している。ブライトリングは、この海洋プラスチックから作られたエコニールの繊維をブレスレットに使用しており、アルピナはマイクロブランドのジャイル ウォッチと提携し、海洋プラスチックから作られたケースにガラス繊維を加えたシーストロング ジャイル オートマチックを発売している。

ブライトリングの「スーパーオーシャン」は、一部にリサイクルプラスチックを使用している。高級時計の豪華なパッケージも、一部のブランドで注目されている。たとえば、イギリスのD2Cブランドであるクリストファー・ワードは、2020年から繊維板、竹、綿など生分解性の高い素材を使用したコンパクトなスリップケースで時計を包装している。ブライトリングは、100%リサイクルされたペットボトル製のウォッチボックスを提供している。希望すれば、お客様の良心に訴えかけ、環境保護団体への補償金の寄付を勧める「クラシック」ボックスも用意している。個人的には顧客とのやり取りでこのアピールがどのように行われ、受け止められたのか、とても興味深い。

リサイクル率が98.6%と伝えられている最も急進的なリサイクルウォッチは、2021年に発表された30本限定のコンセプトウォッチであるパネライ サブマーシブル e-LAB-IDだろう。サファイアガラスや発光体もリサイクルされているが、100%近いリサイクル率を達成するためには、サプライヤーとの綿密な調整が必要だった。これが小さなシリーズのままであるのは、驚くことではない。

Panarai Submersible
パネライは、98.6%のリサイクル率を実現したサブマーシブルも提供している。

前述のとおり、一部の原料の交換や厳密に限定されたコンセプトを売りにした時計が、環境保護に顕著な効果をもたらすのか、それともむしろ象徴的な行為というべきなのか、という疑問が生じる。もちろん、「贅沢は必要ないものである」という論法で、リサイクルブレスレットを不要な製品のグリーンウォッシュと非難することもできる。少し冷静に見ると、少しずつ改善していくことには、それなりの貢献につながるということが言える。贅沢品の不要性について認識していたとしても、正直なところ、高級品の購入を完全にやめることは、現在も近い将来も期待できないからである。

エシカルな生産

サステイナビリティには、前述のとおり資源の持続的な利用や気候保護以外にも多くの観点がある。特に高級品の場合、不安定な労働条件の不安定な国で生産されることが多い貴金属や宝石を使用しているものもあり、こうした事実と高級品の消費をどのように両立させるかという問題が、消費者の関心を着々と集めている。ジュエリー業界にルーツを持つブランドのショパールは、数年前からそれなりの位置づけをしており、金を購入する際にはフェアマインド認証のシールを頼りにしている。ファッション業界の野心的なシールと同様に、このシールは口先だけの世辞を超えている。フェアマインドは、完璧なトレーサビリティに加えて、小規模な鉱山会社が市場に参入できるようにすると同時に、彼らの労働条件や開発機会を改善したいと考えている。環境保護もこのシールの課題だが、明らかに人とその労働条件にフォーカスしたものだ。また、フェアマインドゴールドに加えて、抽出過程での化学物質の使用についてより厳しい条件をクリアした金につけられる、フェアマインドエコロジカルゴールド認証のシールがある。

Chopard
フェアマインド認証シールを取得しているショパールは、エシカルな時計素材のパイオニアとして知られている。

高級時計の製造に関しては、多くのメーカーが高賃金の国で有資格者の雇用を確保し、国内で大きな付加価値を維持し、トレーニングを提供し、事業税を支払っていることも忘れてはならない。

持続可能なエネルギーの利用

省エネルギーや再生可能な電力の利用も、目に見えるものではないが、持続可能な生産のためには不可欠な要素である。エネルギー消費は、購入した原材料のCo2バランスに影響を与えるため、資源の採取やさらなる加工においてすでに役割を果たしている。最後に、時計メーカーは機械のための電力と工場のための電熱を必要としているが、これらのエネルギーは化石資源または再生可能資源から得られる。

特に新しい建物を建てる際には、建物や機械を省エネ設計する機会がある。例えば、パネライやIWCでは、ここ10年間で、巧みな熱回収を利用した新しい建物を建設した。両社とも、経済的な照明コンセプトなどにより、店舗のエネルギー消費を経済的に最適化することも行っている。

間接的なアプローチ: 支援活動と報酬

ビールが1箱売れるごとに木が植えられたり、飛行機を予約する際にさまざまな気候保護プロジェクトを支援することでCo2を補償するのと同様に、多くの時計ブランドがサステナビリティに関して行動を起こしている。そのメッセージは、「残念ながら、環境に負荷をかけずにこれらの製品を製造することはできませんが、私たちにできることは、環境の改善に取り組む人々をサポートすることです。」といったものだ。

セイコーの「セーブ ザ オーシャン 」イニシアチブは、コレクションにサステイナブルな名前を与えている。

海洋の保護に取り組む組織を支援したり、著名な自然写真家や研究者をブランド大使として起用したりするのが定番だ。ブランパンのオーシャン コミットメント、セイコーのセーブ ザ オーシャン、オリスの10以上のイニシアチブと研究者、カール F. ブヘラのマンタ・トラスト、ブレゲのレース・フォー・ウォーターなど、皆さんも、このようなコラボレーションや、それに対応する特別なモデルに出会ったことがあるのではないだろうか。

ブランドの寄付に対する真剣さを判断するためには、総売上高に比べて、これらの目的のために費やしている財政的支出を見極めたいものだ。このようにして、心から行う取り組みと、対外的な効果だけを目的としたPR活動とを分けることができる。しかし、ここでも、何かをすることで、持続可能性の問題にまったく取り組まないよりはまだマシである。

中古時計がサステナビリティの鍵?

機械式時計は耐久性の象徴であり、家宝として人気があることを時計ファンもメーカーも知っているので、その事実を利用してメーカーのマーケティングを行っている。パテック フィリップはこのテーマを四半世紀以上にわたってアイコニックなキャンペーンで演じてきたが、それを変える動きはない。

これで、持続可能性の問題に対する解決策は明らかだと思われるかもしれない。私たちは単に中古の時計を購入し、その過程でお金、電力、排出量を節約することができる。この議論は一見理にかなっているように見えるが、よく考えるとそうではない。中古時計はいくらでもあるが、それがどうにかして市場に出てくるには、誰かが新品を買っていなければならない。喜んで中古品に頼る人もいるが、その背景にある動機は明らかに価格や在庫である。新品モデルの供給が途絶えれば、理論的には「持続可能」な時計の供給もすぐに限界に達してしまう。

まとめ

2020年の記事では、「ニューヨーク・タイムズ」が「Sustainability in Watches: Do You Really Care? (時計の持続性: あなたは本当に気にしますか)」という質問を投げかけ、持続可能性問題の核心に迫った。アンケート調査では、顧客がサステナビリティに実際に関心があることが繰り返し示されている。しかし、アンケート調査では、回答者の大半がオーガニック製品を支持しているとも答えているものの、実際には購入する食品の中でオーガニック製品が占める割合はごくわずかだ。環境に責任を持って生産された衣料品についても同じ状況だ。ここでのキーワードは「姿勢と行動のギャップ」で、姿勢と実際の行動は大きくかけ離れているものだ。そのため、自分が設定した基準を達成していないことが多いことを知っていながらも、道徳的な説教でこの記事を締めくくるのは偽善的なように思える。

上記の記事では、「ブランドはサステナビリティのために何をしているのか」という質問を投げかけている。しかし、2人目の当事者であるお客様が忘れられている。買い手である我々には何ができるのか?

時計を購入する際の判断が「間違っている」かで、世界が救われるわけでも、滅びるわけでもない。しかし、他の産業と同じように、時計産業も環境への影響が世界的に少ないにもかかわらず、その責任を回避することはできない。買い手も同様だ。それは、高級時計を買う人にとってはなおさらのことで、このようなものを買える人は大抵、恵まれた環境にいるからであると言いたい。

このような恵まれた購入者の責任はその人の生涯に及び、時計への情熱だけに当てはまらない。したがって、時計を購入する際に上記に挙げたような措置を考慮することは、より持続可能な生活を送るための多くの構成要素の一つに過ぎない。この記事で紹介されている内容は、個々のブランドの戦略を知る上での指針となるものだ。

忘れてはならないのは、サステイナブルな時計を提供する責任があるのは、決してメーカーだけではないということである。顧客にも責任があり、常にサステナビリティの観点から購買行動を再考する必要がある。不必要な消費を避けることと、やみくもに無駄に消費することの間には、常に十分な一考の余地があるのだ。

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