2019年12月19日
 9 分

ハイビート VS ロービート – 振動数が多い時計と少ない時計の違いは?

Tim Breining
Hi-vs-Low-Beat-2zu1

High-beat vs. low-beat – What’s the difference between high-frequency and low-frequency watches?

クォーツ時計と機械式時計の区別は、秒針が1秒に1回動くか、またはそれより細かい歩数で動くかで付けられる。秒針の動きとカチカチという音を立てる頻度が時計のテンプ振動数に関係している、と述べても、これはあなたにとって何も新しい情報ではないかもしれない。ここまではいいが、時計の振動数の意味には多くの神話や噂が絡んでいる。振動数が多い (ハイビートと呼ばれる) 時計は、振動数が低い時計よりも正確であるというのは本当か?ではなぜゼニス 21 デファイのような2つの脱進機と異なる振動数を備える時計が存在するのか?さらに、なぜクロノグラフでは振動数は別の役割を果たし、文字盤をデザインする際に影響を与えるのか?今回の記事では、振動数の多い時計と低い時計の違いにフォーカスし、そのメリットとデミリットを説明することにより、よくある噂の真相に迫る。

振動数が高い = 精度が高い?

Grand Seiko Hi-Beat
グランドセイコー ハイビート

振動数の多い時計には、より高い精度という特徴こそが関連付けられる。有名な一例としてあるのが、そのモデル名でも扱われているグランドセイコー ハイビートである。通常の時計は3または4ヘルツで振動するのに対し、グランドセイコーの9Sファミリーの時計は5ヘルツで振動する。ゼニスの歴史的な時計であるエル・プリメロは、この種の「振動数の多い」時計を代表するモデルである。ヘルツの数は、テンプが1秒あたり左右に回転する数を表す。だが、一般的に使用されている数は、テンプが1時間あたり左か右の一方向に回転する数で、21600 (3ヘルツ)28800 (4ヘルツ)36000 (5ヘルツ) となる。では、なぜ左右に回転する数ではなく一方向に回転する数なのか?その答えを簡単に説明すると、テンプが左右に回転する各動作でアンクルを動かし、これが駆動力を生み、アンクルがテンプに小さな衝動を毎回与えるからである。3ヘルツの振動数、つまり3回の往復の動きでは、秒針は6回動き、1秒あたり6回、すなわち1時間に21600回カチカチと言う音を立てる。したがって、一回の回転数を使用するのが適切である。

ここでまた話を精度に戻す。振動数が多い時計の精度は、クォーツ時計と比較することによって正当化されることがよくある。ちなみにクォーツ時計は、32768ヘルツで振動する。よく知られているように、クォーツ時計の精度は、機械式時計とは全く別のリーグに属している。振動数の比較が示すのは、精度が向上された理由だ、とよく示唆されている。実際には、クォーツ時計と機械式時計の関係はもっと複雑である。

 

ハイビート時計の精度を本当に高くするものは

Grand Seiko Hi-Beat vintage
グランドセイコー ハイビート ヴィンテージ

ここからは、振動数の多さとは逆の一例を見てみよう。ジークムント・リーフラーによる振り子時計は、精度の高さが伝説的と知られており、世界中の天文台や科学目的で扱われている。この振り子時計の振動数はなんと0.5ヘルツ、つまり1秒あたり一方向に一回転するだけで、1日あたり+–1/100秒の精度を誇る。これが示すのは、時計の精度は、振りやテンプの振動数によって決まるだけではないということだ。時計が動く限り、時計は、どんな状況下でも振動数が一定に保たれることが重要なのである。例えば、温度の変化、衝撃、変動する駆動力、そして摩擦など、影響を与える要因は様々にある。エアコンが完備された部屋などに設置される振り子時計に対して、腕時計は羨ましく思っているであろう。調速機、テンプ、そしてヒゲゼンマイは、どんな状況下でも機能していなくてはならない。調速機の役割は、考えられる全ての環境における影響下でも、一定の回転を保つことだ。これがどのように振動数と関連するか理解すると、いくつか明らかになる。

一定の振動数を保つためには、時計の振動数の多さや少なさの違い、そして何より衝撃にどう反応するかで決まる。衝撃に対して、振動数が多いムーブメントは、その重要な利点の一つを果たす。こういったムーブメントは、衝撃を受けて回転リズムが崩れた時、元々あるべき一定のリズムに戻すのがはるかに早い。よって振動数は、より安定した状態でいられる。その結果、手首で不定期に振られたり衝撃が与えられたりする時計は、テンプがより多い振動数で動くほど精度が安定するのである。

時計の振動の品質を単一の値で示すことが可能な場合、これはおそらく品質係数となる。または、物理学および時計を設計する際に用いられる、Q値となる。これは、一回の振りによるエネルギーと一回転につき摩擦によって失われるエネルギーの関係から生まれるパラメーターである。エスケープメントが必要であるため、設計者は供給されるエネルギーをできるだけ抑えたいと考えいるが、実際にはテンプの一定の振動の最大の外乱を示している。供給されるエネルギーを抑え、品質係数を高めるには、時計の振動数を多くすることが最も有効的な方法だ。さらに、ベアリングの摩擦と空気抵抗を最小に抑える役割も果たす。ジャガー・ルクルトは、空力パフォーマンスの観点から最適化されたジオフィジック・トゥルー・セコンドのジャイロラボと呼ばれる独自のテンプを開発するまでに至った。ちなみに、品質係数には単位がなく、通常の機械式時計は約300となる。クォーツ時計は、5桁の域に存在する。

Jaeger-LeCoultre Geophysic True Second
ジャガー・ルクルト ジオフィジック・トゥルー・セコンド

3つ目の利点は、テンプのバランスが完全に取れていない振動数の多い時計の動作にある。振動数の多さは、こういった場面で重力の影響を減らす。100%のバランス調整は取りにくいため、これはハイビートの時計の精度にも影響を与える。

 

ハイビート・ムーブメントのデミリットとメーカーによる解決策

ここまでに述べた情報を念頭に置くと、時計技師にとって振動数が多い脱進機を設計することが基本的な目標であるべきと考えていることを理解できる。だが、これまで述べたことでは、重要な要素について取り上げてきていない。それは、時計が必要とするエネルギーのバランスとそのメンテナンスについてである。高い振動の脱進機構は、時計を非常に正確に駆動させるが、多くのエネルギーもより必要になる。ロービートの時計よりもハイビートの時計の方が、アンクルとガンギ車を使用することが多くなる。これは結果として、摩擦のスピードをより速くし、パワーリザーブの消耗も加速させ、さらにメンテナンスする必要も多くさせてしまう。現状では、時計を所有する人のトラブルを節約し、メンテナンスする頻度を減らすための技術がまだ備わっていない。ハイビートのムーブメントには、よく特別な潤滑油が必要とされるが、振動数が高スピード故に、油が使用されている部分から油が飛び散ってしまうリスクがある。調速・脱進機構にかかる負担も高まる。これは、必要な振動数で加速また停止できるように、可能な限り低慣性でなくてはならない。グランドセイコーのハイビート時計における脱進機の歯車では、複雑な構造で設計された保油構造が設けられている。ロレックスが新たに開発したクロナジーエスケープメントも、このような慣性を軽減するように設計されている。

早い振動で動作するテンプは、常に小さなサイズで製造されている。これにより、手動で調節するのが困難になっている。それとは対照的に、A.ランゲ&ゾーネの時計に見られるような緩やかに振動するチラネジテンプは、その動きはかなり慌ただしいと認識されている。伝統のある時計メーカーや独立した時計メーカーの時計はパワーリザーブの効率がよく、シンプルな調速・脱進機能を備え、感銘を受けるほどの外観を持つ大きくてゆっくりと振動するこのテンプを支持し、採用している。このカテゴリーの極端な一例としてあるのがアントワーヌ・マーティン スローランナーで、これには時計全体の直径をほぼ占めるほどの大きさの1ヘルツのテンプが備えられている。

クロノグラフでは振動数の意味は別にある

Zenith el Primero Defy 21
ゼニス エル・プリメロ デファイ21

クロノグラフでは、調速・脱進機構の振動数は他にも重要な特性に加担している。これは多くの場合、コンプリケーションを備える時計の「精度」に対する定義にとりわけ混乱を与える。クロノグラフの精度に関しては、今まで述べてきたことは全てカバーしている。

ここで注目すべき点がある。セコンドハンド、またはストップセコンドハンドは、個別のステップでのみ動くため、一定の間隔を特定の分解能を用いることでしか表示することができない。3ヘルツある時計は、1秒あたり6歩動くため、1/6秒の間隔で動くことができる。ゼニス エル・プリメロは5ヘルツであるため、1/10秒の間隔で針は動く。こういったクロノグラフの精度がどれだけ高くとも、針が1秒間に多くの位置に停止しないため、1/100秒まで測定することはできない。1/100秒を測定するには、50ヘルツの調速・脱進機能が必要とする。だが、そのような時計で従来の脱進機を備えている場合、無駄に低いパワーリザーブが備えられていることになる。

ここにも解決策は存在する。それは一つの時計に、各自脱進機が備えられた二つの全く独立したムーブメントを搭載すること。これは、数年前にタグ・ホイヤー マイクログラフで実現されている。このテクノロジーは、LVMHの傘下にあるゼニスのデファイ21がカムバックした際に採用された。デファイ21には、5ヘルツと50時間のパワーリザーブを備えた時刻用の脱進機が備えられている。クロノグラフ用の脱進機には、完全に巻かれた状態では50分しか作動しないが、驚きの50ヘルツでテンプは振動する。よって針は、非常に多い1秒間に100回動く。その動きを読みやすくするため、針は1秒間で文字盤を一周するようになっており、備えられたカウンターで停止した間隔を1/100秒まで正確に読み取れるようになっている。

もっと読む

21世紀の時計製造における功績 トップ3

自動巻き時計とその仕組み

ミニッツリピーターとその仕組みについて


記者紹介

Tim Breining

2014年に工学部の学生であった際に、時計への興味を見いだしました。初めはちょっと興味があった時計というテーマは、徐々に情熱に変わっていきました。Chrono24 …

記者紹介

最新記事

2024年03月18日
時計技術
 7 分

買う前に知っておきたい!世界的に有名な時計ムーブメント5選

Robert-Jan Broer
FPJourne-Souveraine-2-1
2024年03月12日
時計技術
 9 分

珍しいコンプリケーション3選 – 機能、価値、実用性

Tim Breining