ステラ・キルヒナー著
数十万円や数百万円するデジタル時計のことを耳にしたことがあるだろうか?ビットコインやイーサリアムのようなデジタル通貨と同様に、暗号化アルゴリズムで保護されたデザインデータのことだ。このようなブロックチェーン上のデジタルアート作品は、NFT(non-fungible token 非代替性トークン)と呼ばれている。しかし、技術や時計の専門家は、この技術をどう見ているのだろうか。Chrono24マガジンでその概要をご紹介したい。
NFT時計はロレックスやオメガ等にインスパイアされたデジタルアートだ。
大成功しているNFT時計デザイナーの一人、シカゴ出身のジーザス・カルデロン(Jesus Calderon)は、世界最大のNFTマーケットプレイスである「オープンシー」でGen Watchesというアカウントを持ち、ロレックス デイトナやサブマリーナといったアイコニックなモデルにインスパイアされたデジタル3D時計を、DaitonaやBitmariner(ビットコインにちなんだ名前)といったキャッチーなネーミングで販売している。「最初は色々なモチーフをNFTとしてデザインしていた。そのうち、もともと好きだった時計でもクールなものが作れるのではないかと思い、デジタルなNFT時計モデルを100本作り、オープンシーというプラットフォームで販売していた。それがある日突然、あるコレクターが全モデルを一度に買い占めた。これほどまでに成功するとは思ってもみなかった」と感激するカルデロン。
しかし、時計と暗号の熱烈なファンであるカルデロンにとって、これでGenWatchの物語が終わったわけではない。「デジタルNFT時計を1000本出品して売りたい」というカルデロンは、モデルの一つひとつを、すべての詳細情報も一緒にGoogleドキュメントにリストアップした。「最初の100本はまだ自分のコンピュータで3Dデザインをすべて手作業で作成し、オープンシーのエディターに自分でデータを入力して、ブロックチェーン上に保存させていた。しかし、ある開発者がツイッターで私と私のバーチャルウォッチを見つけて、デザインを自動的に私のテンプレートに合わせるアルゴリズムの開発を手伝ってくれた」とChrono24マガジンに説明してくれ、今では1本の時計を作るのに要する時間は3時間から6時間だという。
NFTと時計は単なる一時的なトレンドなのか?
しかし、NFTは時計の世界でどの程度普及するものだろうか。「時計業界に限らず多くの企業がNFTを使用しているが、私の印象ではこの技術を本当は信じていなかったり、そもそもNFTで何をしたいのか分かっていない」と、テクノロジー&ライフスタイル系ユーチューバーのジャスティン・ツィー(Justin Tse)はChrono24マガジンのインタビューで懸念を口にした。その一方で、コレクターとしてのみならず、投資家としての視点からも、QRコードとNFTを内蔵したブルガリの「オクト フィニッシモ」や、ジェイコブ(JACOB & Co.)の8本限定NFTコレクションといったプロジェクトに熱い期待を寄せてもいる。「投資にもなるデジタル時計を所有することにワクワクする人もいれば、触ることもできないデジタルグッズにそれほどの大金をかける意味がわからないという人もいるのはわかっている。しかし、異なるツールを組み合わせたとても面白いプロジェクトがある。例えば、ジェイコブのNFT時計は、NFTと一緒にCEOとのディナーが手に入るという特典を提供している。これは本当の意味でプロジェクトの付加価値になっている」とツィー。このようなプロジェクトはアナログとデジタルをつなぐものであり、時計の世界を広げることができる。
それに対し、時計ブランドのチャペックは、NFTの未来は時計の世界では主に真性証明書などの書類の代わりとなるものと捉えている。「我々は今デジタルな時代に生きている。こういう時代には時計用にデジタルな証明書も必要だ」とザビエル・デ・ロックモーレルCEOは確信している。Chrono24マガジンでは、時計のデジタルNFT証明書の仕組みと、なぜ人気が高まっているのかについて、そのまとめを以前にご紹介している。
時計業界でNFT詐欺が発生したことはあるのか
NFTの知名度が上がれば上がるほど、公になる詐欺事例の数も増える。NFTを作成する際の問題点は、誰でも証明書や芸術作品を「トークン化」できる、つまりNFTを作れることだ。「今はNFTを作るのがとても簡単だ。オープンシーのようなプラットフォームでは、利用者はどんな画像からでもNFTを作ることができる」と、時計のNFTに特化したスイスのスタートアップ企業アドレスタ社のCEOマチュー・シッタツァトゥ(Mathew Chittazhathu)は言う。「物理的なオブジェクトではNFT詐欺がデジタルより難しいとしても、誰もがNFTを作れることによって、本当の著作権者や所有者ではない人もNFTを発行できてしまう危険が生じる」。時計コレクターは誰が作ったNFTなのか常に注意を払う必要があるとのことだ。
デジタル時計の場合、アーティストが本当に作品の著作権者でもあることを確認する必要がある。また、時計のデジタル真性証明書の場合、民間の個人が発行するNFTは往々にしてリスクが高く、NFT証明書は通常、時計ブランドまたは時計ブランドから委託された会社によって作成されるべきものとのことだ。「弊社は個人向けにNFTを発行しておらず、時計ブランドや認定販売者としか取引をしていない」。つまり、時計のデジタル真性証明は、NFTだからというだけでそれ自体に信頼性があるわけではない。それは、すべてのNFTが疑わしいわけではないのと同様だ。
NFT時計は良い投資先か?
近年、NFTへの投資は非常に人気が高い。しかし、それはデジタル時計にも当てはまるのだろうか。例えば、ジーザス・カルデロンのバーチャルウォッチ・コレクションには、時計界で最も有名なアイコンウォッチしか登場しない。「ロレックス サブマリーナは世界的に有名なので、ビットマリーナを始めた。どの時計ブランドも自分たちのサブマリーナをプログラムに入れており、そのデザインを何らかの形で転用している。この時計の特別なデザインのエッセンスを、自分のデジタルバージョンとして表現したかった」と時計好きのカルデロンは語る。また、このモデルとその価格レベルを自身のNFTに取り入れているとも言う。「私のデジタル時計の価格は、オリジナルの価値に合わせている。例えば、ロレックス サブマリーナをデジタル化した時計を例にあげれば、サブマリーナは約200万円するので、NFTのサブマリーナであるビットマリーナは約2万円で販売する」。しかし、NFTを購入するための主要通貨であるイーサリアムなどの暗号通貨の価値は変動が大きい。本稿執筆時点(2022年6月9日)ではその価値は0.089イーサに相当するが、そのほぼ1カ月前は0.076イーサで足りた。この1カ月の間に暗号通貨の価値が上昇したからだ。ただ、過去には大きく跳ね上がったこともある。3年前にイーサを購入した人は、現在666%プラスになっている(2022年6月現在)。だが、昨年の最高レートで投資したのだとしたら、苦い損失に甘んじなければならない。通貨の価値の変動とともに、この通貨で支払われた物の価値も変動する。
また、購入者一人ひとりが、NFTが現行の金額にそもそも値するのかどうかを自分で決めなくてはならない、と言う。「NFTはまだ一時的な加熱の時期にあることを忘れてはならない」とマチュー・シッタツァトゥ。「加熱しているところには投機も多く、それが変動につながる」。ユーチューバーのジャスティン・ツィーは「時計愛好家は本当に納得できるNFT時計だけを購入すべき」と付け加えている。NFTデザイナーのジーザス・カルデロンも、デジタル・モデルは実物のモデルと競合するものではないと考えている。「私の憧れの時計はA.ランゲ&ゾーネのランゲ1だ。いつかこの素晴らしく美しいモデルを所有できるかもしれない」というのが彼の願いなのだ。