2020年09月23日 | 更新日: 2022年03月17日
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近代クロノグラフの祖、セイコー6139

Hirota Masayuki
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今や当たり前の存在となった機械式の自動巻きクロノグラフ。オメガ は1948年にプロトタイプを製作したが製品化を断念。製品化に成功したのは、セイコー 、ホイヤーとブライトリング、そしてハミルトンの3社連合、そしてゼニスの3社だった。これらのメーカーは1969年に自動巻きクロノグラフを発表・発売し、以降、時計業界に自動巻きクロノグラフが普及することとなった。

この中で、最も知られておらず、しかし後世に最も大きな影響を与えたのは、セイコーの6139 である。このムーブメントは近代的な垂直クラッチとコンパクトな自動巻きを持っており、その設計は1980年代以降、多くのメーカーに模倣された。近代的な自動巻きクロノグラフの祖ともいえるフレデリック・ピゲの1185も、その設計はセイコーの6139を参考にしたものだ。そして、多くの自動巻きクロノグラフが多かれ少なかれ1185の影響を受けたと考えれば、6139の影響は決して小さくない、と言えるだろう。

今も昔も、セイコーはふたつの製造メーカーを持っている。ひとつは第二精工舎。後にセイコーインスツルに社名を改めた同社の時計部門は、2020年にセイコーウオッチに吸収された。現在、グランドセイコーを含むセイコーの機械式時計を製造するのは、第二精工舎の流れをくむこの部門だ。

そしてもうひとつが、第二精工舎の分社として設立された諏訪精工舎である。同社は1960年にグランドセイコーを生産したほか、69年には世界初の量産型クォーツである「アストロン 」を製造した。諏訪精工舎は後にその技術を生かしてプリンターの製造に乗り出し、大きな成功を収めた。現在の社名はセイコーエプソン。セイコーウオッチを擁するセイコーホールディングスとのかかわりは薄くなったが、今なお同社は、クレドールやグランドセイコー向けにスプリングドライブや高精度なクォーツ時計を製造している。

The Seiko caliber 6139 (without a rotor): This movement was developed using a base caliber from the 61 series.
セイコー キャリバー6139のローターを外した様子。ベースとなったのは3針自動巻きの61系である。 写真: Yu Mitamura

6139を開発したのは、その諏訪精工舎である。1950年代、同社はプレスの技術を磨くことで時計に使われる部品の互換性を果たした。諏訪精工舎はプレスの技術をさらに進化させ、1964年には日本のメーカーとしては初の腕時計クロノグラフとなる「クラウンクロノグラフ」を完成させた。もっともこれは、標準的な設計を持つ「習作」だった。

クラウンクロノグラフを完成させた諏訪精工舎は、設計者の大木俊彦に対して、新世代のクロノグラフを設計するように命じた。まずクロノグラフのベースとなる自動巻きムーブメントの61系を完成させた彼は、その後61系に重ねるクロノグラフ機構の設計に取り掛かった。後にグランドセイコーにも用いられた61系は半自動機械で製造できるムーブメントで、生産性は非常に高かったのである。

61系は、分針を駆動する2番車と、秒針を駆動する4番車が重なった輪列を持っていた。日本のメーカーがこの輪列を好んだ理由は、プレスで空ける穴を減らせるためだった。大木は、その輪列の上にクラッチを重ねれば、クロノグラフができると考えたのである。彼が発明したのが、自動車のような構造を持つ垂直クラッチだった。大木はこう語る「かなり苦し紛れでしたね。問題は (4番車の) 回転方向にはたわまず、離したときに弱くなるバネは存在しなかったこと。そこで (垂直クラッチ用に) 特殊な皿バネを考案した」(大木)。

The Seiko 6139 has a vertical clutch, a design that would later influence many other manufacturers.
セイコー 6139が採用した垂直クラッチ。その設計は後に大きな影響を与えた。 写真: Yu Mitamura
Inside the Seiko 6139: The column wheel is located near the clutch to ensure smooth functioning.
6139のレイアウト。垂直クラッチを確実に作動させるため、コラムホイールはクラッチのそばに置かれた。 写真: Yu Mitamura

もちろん、これ以前にも垂直クラッチは存在した。1800年代後半にはロンジンが簡易式の垂直クラッチを採用したクロノグラフを発表したし、腕時計でも、例えばピアースが天然のゴムを使った簡易式の垂直クラッチを載せたクロノグラフをリリースした。対して大木の垂直クラッチは、皿状の部品を押しつけることで、クロノグラフのオン・オフを行うものだった。クロノグラフを作動させるときは皿が落ちてクラッチが繋がり、留める際は皿を持ち上げてクラッチを切り離す。クラッチを切り離すための「ハサミ」が設けられ、その作動を確実にするため、コラムホイールはハサミのすぐそばに置かれた。この設計は、後の自動巻きクロノグラフのほとんどが踏襲するものとなった。

自動巻きに採用したのは、歯車ではなく爪で巻き上げるマジックレバーだった。これは設計が難しい反面、部品点数が極端に少ないため生産性が高く、巻き上げ効率にも優れていた。また、自動巻き機構が摩耗しにくいため、長期間にわたって高い巻き上げ効率を維持できる。

セイコーは元々、この新しい自動巻きクロノグラフを高価な複雑時計にするつもりはなかった。クロノグラフを構成する部品はプレスで抜かれるだけでなく、生産性の高いシンプルな形状を持っていた。また、生産性を高め、価格を抑えるために秒針も省かれた。

69年、諏訪精工舎はマジックレバーと垂直クラッチを持つ自動巻きクロノグラフムーブメントのキャリバー6139を完成。同年の5月21日にはセイコー「61スピードタイマー」として正式発売された。しかし、実際には1969年の1月に生産されており、現物も残っている。また、セイコーは同年の2月に6139を載せた自動巻きクロノグラフの広告を掲載している。もっともセイコー (と6139を製造した諏訪精工舎) は、6139を載せた61スピードタイマーが世界初の自動巻きクロノグラフだということを知らなかったようだ。事実、設計した大木も「世界初とは知らなかった」と明言している。この年セイコーは、同年末に発表する予定のクォーツ腕時計「アストロン」の開発に集中していたのである。

The Seiko 5 Sports SPEEDTIMER: The world's first watch with an automatic chronograph movement debuted in May 1969.
セイコー 61 ファイブスポーツ スピードタイマー。1969年5月に市販された、世界初の自動巻きクロノグラフ搭載機。 写真: Yu Mitamura

かつて、6139を載せた自動巻きクロノグラフの価格は非常に安かった。しかし、コレクターたちの注目が集まるにつれて、その価格は大きく跳ね上がりつつある。もしあなたが昔のセイコーコレクターならば、あるいは自動巻きクロノグラフの愛好家ならば、6139は何が何でも手にすべきもののひとつだろう

さて、購入には注意点がある。まずは、垂直クラッチがダメになっていないかを確認すること。クロノグラフが動けば、基本的に6139は修理が可能だ。そして、より注意すべきは外装だろう。この時代のセイコーは、外装部品が欠品している場合が多い。もし手に入れたいならば、できるだけ良い外装の個体 (とりわけ針と文字盤の程度が良い物) を選ぶことである。オリジナリティを問う人は多いが、1950年代から60年代のセイコーは、毎月のように仕様変更を行ったため、世間で言われる真贋は、正直、購入時の参考にはあまりならない。重要なのは程度である。

6139はまだ無名かもしれない。しかし、その歴史的な価値は、1910年代に作られたロンジンの13.33Zや、30年代のバルジュー72、あるいはスプリットセコンドを載せたヴィーナスの185などに比肩する。もしあなたがChrono24で適正な価格で、しかも質の良い6139を見つけられたならば、それは手にする価値があるはずだ。

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記者紹介

Hirota Masayuki

中学生になった時に、時計への興味を抱きました。その後、会社員として一般企業で働きましたが、2004年にフリーランスの時計ライターとなり、2017年からは時計専門誌『クロノス日本版』で編集長を務めています。興味のあるテーマは多岐にわたりますが、個人的な好みは自動巻きムーブメントの開発史です。

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