2020年05月28日
 6 分

Watches & Wonders 2020から学んだこと

Tom Mulraney
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Watches & Wonders 2020から学んだこと 写真: W&W

熱心な時計ファンならば、間違いなく、現在高級時計業界を悩ませている難しい事態、特に新作の一般公開の方法という問題に気づいていることだろう。世界で最も古く、間違いなく最も有名な高級時計と宝飾見本市のひとつバーゼルワールドは、通常、多くのトップブランドが最新作を発表する舞台である。しかし、それも無期限開催中止となってしまった。これは、この見本市のほぼ全ての主要ブランド (パテック フィリップロレックスタグ・ホイヤーブルガリウブロを含む) の撤退、そして翌年にジュネーヴで新しい別の見本市を開催するというショッキングなニュースに続いて発表された。新型コロナウイルスのパンデミックはこの変化の主なきっかけではあるが、これはバーゼルワールドの悩みの根幹となる原因ではない。過去数年間において、入場者の減少、2018年に始まったブランド各社の集団撤退などの問題をすでに抱えていたのだ。

Baselworld 2018
バーゼルワールド 2018の印象 写真: バーゼルワールド

しかしこの記事の目的はバーゼルワールドの問題について分析することではない。今回は、時計業界のもうひとつの毎年の主要見本市Watches & Wonders (SIHH) が取った、今までにないアプローチについて見てみたい。知らない人のために説明すると、WWはリシュモングループの各ブランドが新作を発表するフォーラムである (主だったブランドには、カルティエヴァシュロン・コンスタンタンジャガー・ルクルトパネライなどがある)。最近では、多くの高級独立系ブランドも参加が認められている。このイベントは425日〜29日にジュネーヴで開催される予定であったが、脅威を増しつつあった新型コロナウイルスの影響と、その結果としての旅行制限のために2月後半に開催中止が決定された。

バーゼルワールドが最初の解決策としてとったように翌年に開催延期とはせずに、Watches & Wondersは、おそらく21世紀の需要によりふさわしい全く新しい代替案を考えつく。425日、同イベントのオンラインポータル上でブランド18社の新作を発表し、さらに12社のブランドの新作リリースもそれに続くというものだ。しかし、おそらく世界中の時計ファンにとってよりエキサイティングで魅力的なのは、メディアが新作について書いたりソーシャルメディアでシェアしたりするのを待たずに、自分自身で、リアルタイムで、全てを見ることができるということだろう。同じように、これはブランド各社のトップ役員たちの話を直接聞くことができる初めてのチャンスであり、それによって、ある意味ではこのイベントが通常より親密な体験となった。

The W&W website as a platform for 2020's new releases
2020年の新作リリースのためのW&Wのウェブサイト 写真: W&W

もちろん、このアプローチにも欠点はある。新型コロナウィルスの影響で多くのブランドが強いられた制限により、コンピューター処理の表示により一層頼らざるを得なくなった。高級時計に関して言えば、実際に触れることが非常に重要なものだというのは誰もが知っている。実際に時計を手に取り、手首に試着してみることがその時計の印象に大きな影響を与え、ただ写真を見るだけとは雲泥の差がある。それこそが、昨年末にA.ランゲ&ゾーネの新しいオデュッセウスモデルがリリースされた際に証明されたことである。当初、ソーシャルメディアで嘲笑されたこのモデルは、一旦誰かが時計の実際の写真や実際に見た感想を投稿すると、人々は結局自分の以前のコメントに後悔の念を抱くようになったのだ。

しかし、おそらく最も興味深かったのは、制限がないということだ。世界中が極めて難しい事態に直面している現在にあっても、ほとんどのブランドが少なくとも12本の非常に複雑でユニークな、かつ高価なモデルを発表した。ピアジェは、厚さわずか2mmの世界最薄の機械式時計アルティプラノ アルティメート・コンセプトのスタンダードバージョンをもって先陣を切った。同じくヴァシュロン・コンスタンタンは、オーヴァーシーズ・エクストラフラット・パーペチュアルカレンダーのスケルトンバージョン、24もの複雑機構を備えたユニークなレ・キャビノティエ グランドコンプリケーション スプリットセコンド クロノグラフを含む多数の複雑で薄いモデルを発表し、大成功を収めた。

ピアジェ アルティプラノ アルティメート・コンセプト、写真: ピアジェ
ピアジェ アルティプラノ アルティメート・コンセプト、写真: ピアジェ

一方で、これはこの業界の比較的早い経済的な回復に対する自信を反映しているのかもしれない。また現実的には、これらの時計は市場の状態がすでに回復の兆しを見せると期待される今年の後半までは入手可能とはならない。しかしこれはまた、この業界特有の製品企画から実際の生産開始までに要する長い時間の反映でもある。ほとんどのこういった新しいモデルは、新型コロナウイルスが現れる前から、デザインと開発の段階に何年とは言わずとも何ヶ月もかかっており、したがって計画変更はあり得ないのだ。それにある意味では、時には幻想的な気晴らしに没頭するのもいいものだ。

その他のブランドは、主に既存のモデルにマイナーチェンジを施したり、別の素材のケースバージョンを作ったりと、もう少し安全な策を取った。私のお気に入りのひとつはスリム ドゥ エルメス GMTで、初めてのローズゴールドバージョンがブルーの文字盤と合わせて作られた。また、ジャガー・ルクルトが行ったスチール製マスター コントロール カレンダーモデルの繊細な改良も非常にいい。クラシックな文字盤のデザインはそのままに、モダンな雰囲気と再設計されたケースを備えた、ルックスの良いうまく考えられた時計となっている。

ジャガー・ルクルト マスター コントロール カレンダー、写真: ジャガー・ルクルト
ジャガー・ルクルト マスター コントロール カレンダー、写真: ジャガー・ルクルト

全体的に見て、Watches & Wondersのオンラインポータルでの新作時計発表は素晴らしいアイデアだと思う。各ブランドは新作時計に加え、魅力的なコンテンツを作り、それぞれがどのくらいの注目を得たのかを直接追っていくことができた。とはいうものの、私はこれが将来の見本市のあり方になるとは思わない。今後このような方法でのイベントが実際の物理的な見本市と並行して行われていくことは確かに想像できるが、ほとんどの人にとって、時計自体と同じくらいにコミュニティが重要なのである。ブランド、小売店、Chrono24のようなプラットフォーム、ブロガー、ソーシャルメディアのインフルエンサーなどを包括するイベント全体のエコシステムがあり、そしてその全ての原動力となるものは、人々が実際に集まり、その手で時計に触れ、直接会って時計について語り合うということなのだ。

もしかしたら私は古風な人間なのかもしれないが、これがすぐには変わることはないと思うし、変わって欲しくないとも思う。

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記者紹介

Tom Mulraney

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