時計ブランドにとって、成功とほろ苦い終焉を体験した後で、新たに生まれ変わることは稀だ。そして、そのブランドが2度目の成功を得ることはさらに稀である。そうではあるが、それがアーミン・シュトロームのストーリーなのだ。それは今日まで続く、何十年にもわたるスイスの時計作りにまつわるインスピレーションに満ちた旅である。アーミン・シュトロームはこの伝説的な会社を受け継ぎ、新たな高みへと引き上げた若くダイナミックなチームのおかげで、これまでになく活動的である。彼らはアーミン・シュトロームの基本的価値観を保ったままそれを成し遂げた。このスイス、ビール / ビエンヌ発のインディーズブランドの原点を知る人はあまり多くない。現在のアーミン・シュトロームに迫る前に、まずはそのあたりを詳しく説明しておこう。
独立時計師のアーミン・シュトロームは、1967年にスイスのブルクドルフに店をかまえた。この会社は2つの部門に分かれており、ひとつは普通の時計店、もうひとつは歩合制で時計の修復とスケルトン化を行っていた。そして後者はやがてアーミン・シュトロームのトレードマークとなる。事実、1990年に彼の世界最小のハンドメイドでスケルトン化されたレディース腕時計はギネス世界記録として認定されるのだが、少々時間を戻そう。1984年、アーミン・シュトローム氏は、今はなきバーゼルワールドに初めて出展する。瞬く間に業界でも有名になった彼の元には、多くの有名時計ブランドから自社時計のスケルトン化の依頼が舞い込むようになった。他の多くのブランドに加えて、彼はオメガとも仕事をし、1992年に最初のスケルトン化されたスピードマスターを作り上げた。このイエローゴールドの時計には伝説的な27 CHRO C12ムーブメント (オメガ キャリバー 321の前モデル) が搭載され、50本限定で生産された。
2006年、ミシェル家が同社に投資し、アーミン・シュトローム氏からビジネスを受け継いだ。そしてサージュ・ミシェルは友人であり時計職人のクロード・グライスラーをチームへ迎え入れる。2人は共にアーミン・シュトロームを復興し、2009年には会社を現在の場所へ移転。チームは小さいながらも情熱あふれるグループで構成され、オリジナルの創業者の核となる理想を大切に守りながら、ユニークなアーミン・シュトロームというブランドを展開している。全てのタイムピースは細部へ最大限の注意を払ってスケルトン化されている。同社は今や斬新なアイデアを持った新しいブランドだが、遺産と伝統も保持している。彼らが言うには、「それぞれのインディーズブランドは、自分自身のやり方を定義しようとしている。インディーズブランドは、ほとんどの大手ブランド同士がするようにお互いに競い合ってはいない。我々は自分自身の道を進むんだ」ということだ。
アーミン・シュトロームのラインナップは、3つの主要なラインで構成されている。まずは彼らの時計作りの技をフルに表現した、マスターピースコレクション。これらの時計は本物の第一級オート・オルロジュリーである。このラインには現時点で2つのモデル、ミニッツリピーター レゾナンスとデュアルタイム レゾナンスがある。どちらも一見の価値ありの見事なタイムピースだ。次はレゾナンスコレクション。ここでは、ブランドは新しい境地を開拓しているわけではなく、むしろ逆である。アーミン・シュトロームはそのレゾナンスシステムで有名だ。簡単に言うと、これらのアーミン・シュトローム社の時計は、同社が特許を取得したレゾナンス・クラッチ・スプリングで繋がれた2つのムーブメントによって駆動している。2つのムーブメントが「共振」し、その「情報」を文字盤に転送し、時刻を表示する。その結果として、同社のタイムピースは非常に精密な計時が可能なのである。
この考えは特に真新しいわけではない。アブラアム=ルイ・ブレゲはさかのぼること19世期初めにレゾナンス懐中時計を作り上げた。しかしアーミン・シュトロームは、現在でもいまだにレゾナンスタイムピースを作り続ける数少ない工房のひとつなのだ。レゾナンスコレクションには、ピュア レゾナンスと、飛び抜けて格好いいミラード フォース レゾナンスの2つのモデルがある。最後に、アーミン・シュトロームの3番目かつ最新のコレクションは、入門レベルのタイムピースをそろえたシステム 78である。このラインは2019年後半にデビューした。ドバイ ウォッチ ウィークで、クロード・グライスラー氏はシステム 78を「ブランドのDNA」だと表現。サージュとクロードがどちらも1978年生まれであることからこのコレクションの名前が付いたのだが、それだけではないということらしい。グライスラー氏の言葉を借りると、「サージュと私がアーミン・シュトローム氏から会社を引き継いだとき、自分たちは非常によくできた入門レベルのラインを作ろうというはっきりとしたビジョンがあった」ということだ。この新しいコレクションの最初のモデルがグラビティ イコール フォースである。
クロードに現在の業界をどう見ているか聞くと、彼はこう答えた。「デザイン的には、大体似たような新作がたくさん出ている。大手ブランドはリスクを負うことを恐れている。ラグジュアリー業界は需要に答えるのではなく、需要を作り出す必要がある。私たちはデザイン、ムーブメント、あるいはコラボレーションなどで人々を驚かせなくてはいけない。時計は感情を伝えるのだ」アーミン・シュトロームというブランドに携わる人々はブランドにとっての明確なビジョンを持ち、どの道を進みたいのかはっきりとわかっている。デザイナーの心を動かすインスピレーションのおかげで、彼らの作るタイムピースは見間違いようがない。クロードによれば、「デザインは機能性から発するもの。デザインは誠実でなくてはならない」ということだ。彼は同ブランドがやや「変わっている」かもしれないという。というのも、他のスイスブランドとは違って、彼らは若干異なったスタイルと考え方を持つ、スイス内のドイツ語圏文化を表現しているからだ。秘訣は何であるにせよ、アーミン・シュトロームはブランド自身の遺産を尊重しながら、素晴らしい、ユニークなオート・オルロジュリーを作り出している。しかも今日では珍しくなった、フレンドリーで堅実なタイプのブランドという嬉しいおまけ付きだ。