ETA 2824-2やバルジュー7750は誰でも知っているし、セリタ社製のムーブメントの知名度も上がってきた。これらのムーブメントは業界に定着した高品質な標準製品と認められている。市場を支配するこのムーブメントサプライヤーのキャリバーを手配するのは長い間当然のこととされてきたし、中堅規模のブランドにとって他に選択肢はなかった。しかし、言葉の正確な定義はともあれ「マニュファクチュールムーブメント」への流れは止めようがない。このトレンドは一方では時計メーカーの内製化を推進し、他方では、新しいムーブメントサプライヤーに市場を開放したのである。そのムーブメントに関しては信頼性という点ではまだまだ物足りないが、多くの場合革新的な設計およびパワーリザーブの長さがそれを補っている。
だが、ムーブメント市場のトップ企業が面白いものをもう何も提供していないと思うのは、既存の製品ラインナップを詳しく知らないゆえの早計というものだ。多くの時計愛好家の目に留まらずにいるが、ETA社、セリタ社ともに、じっくりと検証すべき多くの隠れた名品を提供している。
1. ETA A31
2824-2をベースにしたETA社のパワーマティック80シリーズはスウォッチ・グループのブランドで長年その地位が確立されており、旧モデルしか搭載できない他社に対して、グループブランドのアドバンテージとなっている。これらのムーブメントの歴史については、以前にこちらの記事で詳しく扱っている。
その記事の中で、パワーマティック80は振動数を大幅に減らし、脱進機に樹脂製部品を使う仕様もあるため、好ましく思わないという方のために別の製品を紹介している。ETA 2892-A2をベースにしたETA A31シリーズだ。ETA社のムーブメントのヒエラルキーの中で2892-A2は2824-2のスリムで高品質な兄貴分と考えられており、A31シリーズはこのクラシックな高級キャリバーをパワーマティックにアップグレードしたものと言えるだろう。
ETA社はパワーマティック80の時とは違い、オリジナルキャリバー2892-A2からの変更をより慎重に行った。パワーマティック80の最大の批判点は振動数を4ヘルツから3ヘルツへと低減したことだが、A31では4ヘルツから3.5ヘルツと、より小幅な変更となっている。その結果、秒針の動きはごくわずかにぎこちなさが残る程度となったが、パワーリザーブは80時間ではなく65時間と短くなっている。
シリコン製のヒゲゼンマイを備えたこのムーブメントの脱進機には樹脂製部品は一切使われていない。また、極めてスリムな構造はアップグレード後も変わらない。これらの特徴により、A31はスウォッチ・グループのヒエラルキーの中のアッパーミドルクラスと位置づけられた。主にロンジンやユニオングラスヒュッテで採用されており、キャリバー表記はL888あるいはUNG-07.01だ。A31.L21はバイコンパックス・レイアウトのモジュール式クロノグラフムーブメントであり、ベースムーブメントにETA社製のモジュールが追加されている。この希少なムーブメントは、1943年のモデルの復刻版として成功したロンジン ヘリテージ クラシック タキシード クロノグラフに搭載されている。
ETA A31ムーブメントを搭載したロンジン レジェンド ダイバー
2. ETA L668
2005年、ETA社は「バルグランジュ」という名の新しいキャリバーシリーズを発表した。これは、定評あるバルジュー クロノグラフキャリバーを大口径化したものだ。当時は直径が40mmをはるかに超えるものが主流であり、巨大なケースの裏蓋から見えるムーブメントが場違い、あるいは滑稽に見えた。手巻き式モデルについては、ETA社にユニタス6497という実用的で定評のある製品があった。しかし、クロノグラフではムーブメントの直径が小さいため、インダイヤルや日付窓が不自然に中央に集まってしまい、周縁部が使いきれずに文字盤が美しくないという事態になってしまった。
バルジュー・キャリバーのXLバージョンは、技術的な大革命をもたらしたわけではないが、機能や見た目の美しさといった要求を満たすものだった。ただ、数は多くないバルグランジュ・コレクションには実際、ある意味革命的なムーブメントが搭載されている。L668.2だ。名前からは分からないが、これはバルジュー7753を当初ロンジンのために特別に設計し直したものだ(3、6、9時位置にインダイヤルがある)。
些細な改変ではなく、バルジューシリーズの特徴であるカム式制御を人気の高いコラムホイール式制御に変更するなど、クロノグラフ機構の心臓部に手を加えている。クラッチ機構として振動ピニオンが残ったということは、「理想的」と宣伝されることが多いコラムホイールと垂直クラッチの組み合わせをL668.2は採用していないということだ。これは間違いなく、既存のキャリバーのアーキテクチャの中で済ませる必要があったからだろう。とはいえ、このキャリバーの特徴と、搭載機の価格の手頃さを考えると、かなりおすすめであることは間違いない。まず思いつくロンジンのモデルの他にオメガにも採用されているバージョンがある。キャリバー3330としてコーアクシャル脱進機を使用し、2014年まで一部のモデルに搭載されていた。
3. Sellita SW 266
SW 266はセリタの公式サイトのムーブメントカタログには載っていないが、採用されたブランドを通してその名が知られている。今のところ2つしかないようで、最近ユニークなデザインコラボレーションで成功しているスイスのブランド「ルイ・エラール」と、ドイツのブランド「ツェッペリン」だ。ルイ・エラール独自のトレードマークはレギュレーターであり、セリタSW 266がレギュレーター用のムーブメントなのは不思議ではない。レギュレーターの腕時計とは、すべての針が中央の縦軸上に別々に配置されており、分針のみが中央に位置して通常通り文字盤の端まで伸びている文字盤構造のものをいう。時針と秒針は、12時と6時位置の小さな文字盤上にある。
この構造をつくり、特徴的な針の配置を実現するために、以前ならメーカーはムーブメントを改造したり、追加調達したモジュールを組み入れたりしていた。セリタは数年前からこの問題を一挙に解決できる方法としてSW 266を提供している。
SW 200系シリーズのひとつであるこのムーブメントは、セリタのSW 200系コレクションのベースとなっているクラシックなETA 2824-2のように、並外れたデータの値で目を引くわけではない。レギュレーターにもすぐに取り付けられるキャリバーを供給するという目的を完璧に果たしているのだから、その必要もないのだ。
ルイ・エラール エクセレンス レギュレーター マラカイトに搭載されているセリタSW 266
4. Sellita SW 1000
SW 1000はセリタの大半のモデルとは異なり、既存のETAキャリバーをベースにしておらず、2010年代に独自開発されたキャリバーだ。コンパクトなサイズのため、レディースウォッチや一体型ケースのメンズウォッチ用のキャリバーとして想定されている。
直径は20mmと、ETA社のパワーマティック80や2824-2よりも6mm近く小ぶりだが、ETA 2671のクローンで17.2mmのSW 100よりは大きい。しかし、SW 100の厚みが4.8mmなのに対してSW 1000は3.9mmとかなりスリムになっている。セリタ社自身はSW 1000のことをETA 2892-A2のコピーモデルである「SW 300の小型版」と呼んでいる。つまり、SW 100とSW 1000の関係は、2824-2と2892-A2の関係とほぼ同じで、前者は手頃な価格で信頼性が高く、後者は高品質で非常にスリムなのだ。
最も重要な顧客はおそらくタグ・ホイヤーだろう。SW 1000はタグ・ホイヤーではキャリバー9という名称で自動巻きレディースウォッチに搭載されている。