By Scarlett Baker
なんとなく気分が晴れない2月のとある日、筆者は刺激を求めてロンドンのあるデパートへ向かった。シーズン初めはいつも新しいコレクションをまとったマネキンを見て、そして筆者が「ワンダールーム」と呼ぶエリアを見ることにしている。そこではガラス製のショーケースに収められたたくさんの時計やジュエリーに出会った。しかし、この宝石箱のようなワンダールームを後にする途中、連れて帰ってくれと言わんばかりに訴えかけてくる『A Man & His Watch』というずっしりと重たい本に出くわしたのだった。
『A Man & His Watch』(男と時計の物語)という題名を「A Woman & Her Watch」(女と時計の物語)に書き換えてやろうとも思ったが、その代わりにこの本の反対について思いついた。「対」となる本で、アイコニックな時計とそれを身に着けた女性たちが登場するような本だ。ジャッキー・ケネディーのカルティエ タンクやマリリン・モンローの上品なブランパンから、アレサ・フランクリンのシャネル J12、ダイアナ妃のパテック フィリップ カラトラバなど、こういった先駆者がいたからこそ、今日の女性時計愛好家の存在がある。
今回は、女性のパワーを世界中で称える日である国際女性デーにちなんで(時計業界にいる女性たちにとってはこの日に限らず毎日のことなのだが)、独自の「ワンダールーム」を築き、手首に挑戦をまとう勇気ある女性を取り上げたい。
リアーナへの称賛
時計業界に象徴的な女性がいるとするならば、それは間違いなくリアーナであり、時計は単なる商品以上のもので、社会を映し出す鏡でもあるということを証明する究極の存在だ。ファンたちは、2009年にシングル『ルード・ボーイ』がリリースされた時の彼女の出発地点を覚えているだろう。そのミュージックビデオに登場する5つのG-Shockをクールに着けた「リリ」を見れば、両手首に時計を着ける今日のダブルリスティングのトレンドなど大したことないものに見えてしまう。
成功して収入が上がれば、その上昇志向を表現するものとして、パテック フィリップ ノーチラスやロレックス デイトジャストを手に取るのは、ごく自然な流れと言えるだろう。リアーナにも当初はそういった動きが見られたが、音楽のレパートリーが広がり、年齢とともに好みが変化する中で、彼女はソーシャルメディアで存在感を高めていくことの重要性も理解したのだった。
リアーナはレッドカーペットで、ブランドから称賛されるために古い時計を着けたりなどはしない。彼女がターゲットにしているのは、もっと幅広い層の人々だ。その好例が、彼女が2022年にエイサップ・ロッキーとの間に子供を妊娠したことをネット上で発表した時のことだ。世界中が彼女のマタニティ姿に大騒ぎしていたが、時計コミュニティーは彼女が着けていたカスタマイズされたロレックス キング・マイダス(リアーナの妊娠騒動以前は時計マニアの間だけで知られていた時計)に夢中になっていた。2024年現在、誰もがこの時計を欲しがっている。
そして第57回スーパーボウルのハーフタイムショーで、リアーナの手首を飾ったのは、なんとカスタムメイドの時刻表示のみのジェイコブ ブリリアント スケルトン ノーザンライツだった。ベゼルにセットされた251個のダイヤモンドが、彼女の『ダイヤモンズ』の歌詞を「ダイヤモンドのような輝き」から「ベゼルのような輝き」へと変えてしまった。さらに、リアーナは巧みな方法で世間をあっと驚かせた。ルイヴィトンのメンズクリエイティブ・ディレクターに新たに就任したファレル・ウィリアムスの初のショーの際、ジェイコブのホワイトゴールド製ブリリアント フライングトゥールビヨンをチョーカーとして首に巻き、F1ラスベガスグランプリでは、17mm径のダイヤモンドのジェイコブの腕時計をアンクレットとして着用し、時計は手首につけるものだけではないということを見せたのだ。
評論家から高い評価を受けた彼女の音楽のように、その物怖じしない、画期的な時計使いは、まるでリアネッサンス(ルネッサンスにちなんで)と言えるかもしれない。
ゼンデイヤという時代精神
時計界にとってのもう1人の象徴的な存在がゼンデイヤだ。彼女のファッションは常に意外性がある。彼女はヴァレンティノやブルガリなどのブランドアンバサダーを務めているが、彼女のファッションにおいては、身に着けるブランドと同じくらい、どう着こなして、それがいかに世間の予想を超えたものであるかということも重要となる。
唯一無二のスタイルアイコンであるゼンデイヤが見せるファッションへのアプローチでは、そのタキシード姿から身に着ける時計に至るまで、 従来からマスキュリンな要素が取り入れられていることを考えると、習慣に囚われない姿が見えてくる。例えば、彼女の35mm径のローズゴールド製パテック フィリップ ノーチラスを見て欲しい。これは彼氏である親愛なる隣人(スパイダーマンのキャッチコピー)トム・ホランドとシェアする時計である。または、彼女の41mm径のブルガリ オクト ローマは、その大型サイズから、普通は男性用とされる時計だ。
ゼンデイヤのファッションへのアプローチには流動性があり、ファッション理論家のレナーテ・シュタウス博士の言う「ファッションは多様な意味を持ち、拡大している」ということと一致する。さらに博士は、「今日におけるファッションとは、スタイルの変化を主にした変化を指すだけでなく、ファッション業界、システム、モノ、アイデア、イメージをも指すということを説明している。
ゼンデイヤはこういったファッションの変化を象徴し、22mm径のカルティエ パンテール(ハリウッドのエリートに愛された中性的な時計)や、カリスマ的なブルガリ セルペンティのようなタイムピースを着けている。それはまるで、時計が持つ時刻を表示するという機能に関係なく、時計は補足的なものではなく、装いを完成させるジュエリーであるべきだという考えを証明して見せているかのようだ。
ヘイリー・ビーバー
ミセス・ビーバーについてここで取り上げるのは、少々物議を醸し出すと思うかもしれないが、アメリカ人モデル&セレブであるヘイリー・ビーバーは、女性が求めるモノを全てそのまま反映したかのような姿でメディアに登場してきたし、実際に商品販売も手掛けている。彼女が発表したスキンケアブランド「ロードスキン」は女子の間で話題になった。その後、グレーズドドーナツネイル(ネイルデザイン)を流行らせ、最近では、ロードスキンから出たリップグロスを入れることができるiPhoneケースが大人気となっている。
では、時計とは一体どんな関係があるのだろうか。ヘイリー・ビーバーは、ブームを巻き起こすヒットメーカーとしても知られ、TikTokユーザーの一部からは、彼女の非常に小さなオーデマ・ピゲ ロイヤル オークに注目が集まっている。
ヘイリーはロイヤル オークという世界で最も人気のある時計を着けているセレブの1人である。確かにその通りだが、彼女が高い評価を得ている理由は、そのサイズ選びへのこだわりにある。彼女が小さな時計を身に着けることで、女性が小さな時計を身につけるのは歴史がそうさせるからではなく、自分がそうしたいからなのだというストーリーを取り戻すことができる。そして、もっと多くの女性が格好いい時計を着けるようになれば、サイズが28mmだろうが82mmだろうが誰も気にすることはなくなるだろう。
もちろん、時計業界は歴史的にそれぞれの1mmが重要な意味を持つ業界ではあるが、それが一体いつから男女の間に線を引くことになったのだろうか。この記事に登場する女性全員が明らかにしているのは、古いルールはもうとっくに捨てた方がいいということだ。今回、国際女性デーを迎えるにあたり、現代のスタイルアイコンとその時計についてフォーカスしたが、今後も女性時計愛好家の存在に注目していきたい。