ドレスウォッチは腕時計の世界にはなくてはならないものだ。至るところで見かけるスポーツウォッチやツールウォッチに押され気味ではあるが、コレクターたる者、やはり1本はドレスウォッチをコレクションしているものだ。最近はそのドレスウォッチへの関心が再び高まっているように感じられる。そこで今回はドレスウォッチのトレンドについて考察してみたい。
ドレスウォッチとは
まずはドレスウォッチとは何かを明確にしておくべきだろう。簡単に言うと、スーツなどのフォーマルな服装に合わせる、無駄を省いたエレガントな時計のことであり、例えばドイツ語では「スーツウォッチ」とも呼ばれている。
ドレスウォッチの特徴を挙げてみよう。まず、贅沢なコンプリケーションやスケルトンは採用されておらず、純粋で控えめな印象を与えること。通常は時刻のみを表示する3針で、秒針は中央またはオフセンターのサブダイヤルに配置されている。2針だけのものも多く、こちらはドイツ語で「タキシードウォッチ」とも呼ばれる。一方、日付表示のあるモデルは日常のビジネスシーンで実用的なことから、「ビジネスウォッチ」と呼ばれている。
伝統的に文字盤は非常に落ち着いたデザインで、色は白、黒、ネイビーブルーが定番だ。ただ、近年はカラーバリエーションが着実に増えつつあり、特にグリーンやブラウン系がトレンドだ。ラッカー仕上げの文字盤のほか、控えめなサンバースト仕上げもよく見かけるが、ギョーシェ彫りのような贅沢な装飾は稀だ。
シャツの袖口にさりげなく滑り込ませられるように、ドレスウォッチは通常より薄型になっている。また、ケース径もスポーツウォッチやツールウォッチに比べてかなり小さいのが一般的だ。ドレスウォッチの通常サイズは34mmから40mmの間だが、もちろん例外もある。
素材はどちらかというと保守的なものが多く、ゴールドやプラチナなどの貴金属が中心だが、ステンレスも広く使われている。高貴な輝きを放つよう、表面はポリッシュ仕上げのものが多い。上質なアリゲーターやカーフスキンのストラップがクラシックな印象を際立たせる。スポーティーさを求めるなら、ゴールドやステンレス製のリンクブレスも許容範囲内だろう。
ドレスウォッチはその構造上、ツールウォッチほど堅牢ではない。通常は日常防水仕様なため水・湿気は特に危険だ。デリケートなメカを危険にさらさないよう、衝撃も避ける必要がある。
ドレスウォッチ人気はただのトレンドか、不変的なものか。
トレンドは移り変わるもの。今日流行しているものは、明日には埋もれて忘れられているかもしれない。もちろん、ドレスウォッチも時代の流れに逆らえないが、例えば1990年代から2000年代初頭にかけて流行した特大サイズとは異なり、ドレスウォッチが本当に絶滅することはないだろう。100年以上前にルイ・カルティエがカルティエ タンクを発表したことでひとつのジャンルとして誕生して以来、ドレスウォッチは時計界の大黒柱的存在となっている。
ケースの形状や文字盤の色、ローマン、アラビア、バーインデックス等、常にさまざまな流行が現れるが、それによってドレスウォッチの基本スタイルである、品の良いエレガンスと抑制されたデザインが変わることはない。その意味ではドレスウォッチはむしろ不変であり、何百万人もの時計愛好家に愛される普遍性を備えた時計なのである。
そんな中、最近ドレスウォッチの人気が高まっているという話をよく耳にするのはなぜだろう。ここでまた時代の流れの話になるのだが、ドレスウォッチはスーツやネクタイとしか合わせられないという伝統的な考え方がある一方で、特に若い時計ファンにはこうした常識はあまり通用しなくなっている。時計が気に入れば身につけるし、場合によってはTシャツとビーチサンダルにも合わせる。そうなると、ドレスウォッチは注目を集めやすく、関心を呼ぶことになる。
また、ゴールドウォッチの流行も要因の一つだ。冒頭で触れたように、ドレスウォッチといえばゴールド素材が広く使われている。そのため、ファッションに敏感な人たちにドレスウォッチが選ばれるようになったのも当然といえば当然の話だといえる。
最後に、ドレスウォッチとスポーツウォッチの境界が流動的であることにも言及しておきたい。かつてオーデマ ピゲのロイヤルオークやパテック フィリップ ノーチラスは高級スポーツウォッチとして飛躍的な発展を遂げた。現在ではどちらの時計もドレスウォッチとして通用する。また、ロレックス デイデイトやその妹分であるデイトジャストのことを考えてみよう。どちらもスポーティーな外観ながらトップクラスのドレスウォッチであることは間違いない。
まとめ
ドレスウォッチはトレンドではなく、時計界におけるロングランだ。昔から存在し、今後も消えてしまうことはない。しかし、若い世代が、いつどの時計を身につけるべきかにあまり捉われなくなったことで、ドレスウォッチが新たにクローズアップされるようになった。それは実際のところ素晴らしいことではないか。